七条さんからメールがあったのは6時3分だった。

[終わりました。
今から僕は寮に帰りますが伊藤君はどこにおみえですか?
まだ校内にお見えでしたらご一緒に帰りませんか?]

流石西園寺さん。
キチンと6時まで七条さんを足止めしておいてくれたみたいだ。
だから俺はこのように返信する。

[もう少しで用事が終わります。
終わったらすぐに七条さんの部屋にお邪魔しますので寮で待っていて下さい。]

実はもう俺は七条さんの部屋にいる。
あんまり使った事がなかったけれど以前七条さんから貰った合鍵がある。
俺はなんとか形になったフォンダンショコラとプレゼントのチョコを持って
そっと部屋に忍び込んだ。
忍び込むって表現は変かも知れないけれどなんとなく気分はそんな感じだ。

机の上に持ってきたものを置いてそっと部屋を見回す。
無機質なモノトーンの部屋。
でもそんな部屋も七条さんらしくてとても好きだ。
今朝まで俺はこの部屋にいた。
なのにベッドのシーツもキチンと取り替えてある。
凄いよな〜。
俺だったらきっとそのまま放っておくような気が・・・

あ・・こんな事してる場合じゃないや。
たまには七条さんを驚かしてやろうと考えた俺は
部屋の電気を消してそっとベッドに腰掛ける。

足音が近づいてくる。
この足音は間違いなく七条さんだ。
七条さんはノックで俺が分かるって言ってたけど
最近それが俺にも分かるようになってきた。
かちゃり・・とノブが廻る。
俺は隠れていたドアの陰から七条さんに飛びついた。




「七条さん!」

「うわっ・・・・ ・・・・・い・・とう君?」

あはは・・・大成功だ!
こんなに驚いた七条さんの顔。初めて見た。
多分誰も見たことないんじゃないのかな。

「ど・・うしたのですか?伊藤君。」

「七条さん。驚きましたか?」

もう俺は悪戯が成功したのが嬉しくて思わずしがみつく。

「ふふっ、本当に君は可愛いですね。
僕を待っていてくれたんですか?」

「えへへ・・俺・・七条さんにフォンダンショコラ作ったんです。
美味しくないかも知れませんけど食べて貰えますか?」

そういうと七条さんは俺をギュッと抱きしめてくれる。
七条さんの腕の中はとても安心する。

「七条さん。外寒かったですか?身体・・冷たいですよ。」

「ふふっ・・君は暖かいですね。
それでは折角のフォンダンショコラですが、
君を頂いた後で堪能させていただく事にしますね。」

え?ってそれって・・・

「んむっ・・・」

思考がついていく前にキスが降って来る。
深く長く舌を吸われ苦しくて愛おしい。

「君の唇・・とても甘いですね。」

「んはっ・・・さ・・っきまで・・チョコ・・味見・・してた・・から・・」

うっすらと目を開けると
眇められたアメジストの瞳に鼓動が跳ね上がる。
もう・・頭の中が真っ白になってしまう。

「ねえ・・伊藤君。・・・僕の事・・好きですか?」

廻らなくなった頭でそれでもなんとか答える。

「は・・い・・愛してます・・・臣さん・・」

「全く・・君には敵いません。
・・・愛してますよ。啓太君。」

そこから先はもう殆んど覚えていない。
自分のじゃないような声を上げて七条さんに夢中でしがみついて・・・





結局気付いたらいつものように七条さんが俺の寝顔を見てた。

「ちょ・・し・ちじょうさん。恥ずかしいから見ないで下さいよ。」

「ふふっ、すみません。
あまりに伊藤君が可愛い悪戯を仕掛けて下さったので
ちょっと興奮して羽目を外してしまいました。
身体は大丈夫ですか?」

そう言いながら七条さんは俺の額にそっと羽根のようなキスをくれる。

「大丈夫です。・・そういえば俺プレゼントがあったんです。」

「フォンダンショコラを作って下さったんですよね。
頂いてもいいでしょうか。」

俺の頭の下にあった左腕をそっと抜きながら七条さんは起き上がる。

「はい・・あの・・美味しいかどうか分からないので期待はしないで下さいね。」

「ふふっ嬉しいです。
伊藤君が僕だけのために作って下さった気持ちが嬉しいですよ。」

俺をそっと起こしてくれた後七条さんはエアコンを付けてお茶を淹れてくれた。
俺は服を着てプレゼントに持ってきたアロマキャンドルに火をつける。

「七条さん。こういうの嫌いですか?」

席に着いた七条さんを見つめると
キャンドルの炎の向こうに揺らめきながら紫の瞳が細められる。

「前は殺風景なこの部屋がとても嫌いでした。
使い勝手はいいし文句もないのですが・・・
とても寒かった。
でも今は伊藤君がいない時にも君の存在を感じられるこの部屋がとても気にいっています。
君が忘れていったグリーンのパーカー。
岩井さんに描いて頂いた君の絵。
この間頂いたオレンジのボールペン。
モノクロームの写真がカラーになった様にとても暖かく感じます。」

七条さんがそんな風に感じてくれてるのかと思ったら何故か泣きそうになった。
俺もこの人と出会って心が暖かくなった。
それを共に感じてくれていて本当に嬉しい。

これからもずっと一生そう思っていてくれるといいのに・・・

「七条さん。・・俺・・嬉しいです。」

そういうのがやっとだった。
これ以上言葉にしようとしたら涙が零れてしまいそうだったから・・・
愛おしくて涙が出る。
そんな事もあるのだと教えてくれたのもこの人だった。

「ふふっ。ありがとうございます。
それでは早速ですので頂きましょうか?
お茶が冷めてしまいますからね。」

「あ・・不味かったら本当に無理しないで下さいね。
ちゃんと他のチョコも買って来てありますから。」

そんな事を言っても結局七条さんは全て食べてくれるのだろう。
こんなに優しくて愛おしい俺の恋人。




St.Valentine's Day

これから毎年作ってみようか。
それでどんどん美味しいのが作れるように進歩して行こう。

「伊藤君。本当に美味しいですよ。ありがとうございます。」

「へへっ・・ホントですか?じゃあ俺も・・・・」



ぐっ・・・・・・・・・・




「うげ〜〜っマズ〜〜〜〜〜〜〜!!!!」






「おやっそんな事ありませんよ。美味しいじゃありませんか。」

俺・・・俺・・何間違えた?
何入れたらこんな味になるんだろう。

「ちょ・・・七条さん。
こんな身体に悪そうな物食べちゃ駄目です。」

いくら七条さんでもこれを美味しいといってくれるのは・・
痘痕も笑窪にも程がある。

「とんでもない。
こんな美味しい物を・・・
君の分も僕が頂いてもいいですか?」



・・・・・・・駄目だ・・・・
ホントにこの人味オンチだ。
明らかに俺を傷つけない為に無理してる訳じゃない。
本当に美味しいと思ってるみたいだ・・・・

来年までに課題が出来た。
俺の腕を上げるのと共に七条さんの味オンチを治さなくっちゃね。

「とりあえずこれは没収します。
こっちのチョコ食べて下さいね。」

お皿を取り上げようとするとがしっと腕をつかまれる。

「では・・代わりのチョコは君を頂きます。」

って・・ええ?
今したばっかりじゃん。

「ちょ・・駄目です・・七条さん・・・ん・・・んあっ・・」




結局いつもの日常な訳で・・・
美味しく頂かれた俺はひょっとしたら本当は美味しくないのかも・・
まあでも食べる人が美味しいって言ってるんだからいいか・・
等と要らぬ考えを巡らしながら快楽の波にさらわれていった。










 FIN

ってな感じで今回はちょっぴりギャグテイストな終わりで!
紅茶の繊細な味は分かるくせにアメリカナイズされた舌。
まあどちらも啓太を頂く分には関係ないんですけどね。