確かに俺はそう言ったかも知れない・・・
 それを否定はしないけれど今の状況が俺が望んだ事とはとても思えない。
 俺の恋人は変わってる・・・そんな事は百も承知していたけれど・・・
 やっぱり苦手なものは苦手なのだ・・・
 少ししょんぼりした恋人の顔を見ると強くは出れなくなってしまうけれど
だからと言って「はいそうですか」と簡単に承諾も出来ない。
 そう・・・とにかく俺は苦手なのだ・・・

 何といわれようと今回ばかりは恋人の言うことを聞くわけには行かない。
 少し眉を下げ叱られた大型犬のようになっている恋人は寂しそうに笑いこう言った。

「良いのですよ。君に無理をさせたい訳ではないのですから・・・
単に僕の我儘です。
折角の夏祭りに君との思い出を作りたいと思っただけなのですから。
君は何も気にする必要はないのです。」

 君との思い出・・と言われて胸がズキンと痛んだ。
 だって・・・最初にそれを言ったのは俺なんだから・・・いっぱい二人で思い出を作りたかった。
 今まで恋人がしたことがないような体験をしてみたいと思った・・・
 この人のそれまでの寂しい思い出を消したかった。
恋人になって初めての夏休み・・・
 俺は夏祭りに恋人を誘った。
 俺の恋人は夏祭りに行ったことが無いと言っていたから・・・
 遊びに行った横浜のマンションから歩いていける辺りで開かれる夏祭りの情報を
恋人は仕入れてきたらしい。

「ねえ・・・七条さん。」

「何ですか?伊藤くん。」

 すぐに返る返事が何だか嬉しい。

「これって一体どうしたんですか?」

 今俺は七条さんに浴衣を着付けて貰っている。

「伊藤くんに似合いそうだったのでつい買ってしまいました。」

 帰って来た返事に吃驚する。

「え?俺のために買ってくれたんですか?」

 驚く俺にふふっと笑うと恋人は俺の頬にキスを落とした。

「し・・ちじょうさん・・・」

 思わず頬が赤くなるのが分る。
 今ここは二人っきりで・・・別に何を恥ずかしがる必要もないんだけど・・・
 まったくの日本人の俺には挨拶のようなキスですら照れる材料になってしまう。

「伊藤くんは本当に可愛いですね。」

 そんな風に更にたたみ込まれて俺は視線をうろうろと彷徨わせた。

「はい・・帯を結びますのでちょっと後ろを向いて貰えますか?」

 そんな俺を上機嫌に眺めながら七条さんは俺の腰を持ってくるりと向きを変えさせる。
 なすがままにされながら俺は高揚した気持ちを抑えきれずへへっと笑った。

「ねえ・・七条さん・・・今日は二人でいっぱい楽しみましょうね。
いっぱい思い出作って色んなもの見たり楽しんだりしましょうね。」

「はい。僕も楽しみです。伊藤くんは何がしたいですか?」

 そう問われて色々考える。

「俺・・ヨーヨー釣り得意なんですよ。沢山とって七条さんにもあげますね。」

「そうですか。嬉しいです。じゃあ頑張って取って下さいね?」

「あ・・・でも七条さんも一緒にやって下さいね。俺一人は嫌ですからね。」

 そんなたわいも無い会話をして俺はウキウキしていたんだ。
 うん・・・確かに言ったよ俺・・・
 色々七条さんと一緒にやりたかったのは本当だ。
 ヨーヨーを釣って(俺は三つ・・・七条さんは釣れなくてオマケで一個貰った)
綿菓子を舐めながら二人で歩いた。
その後はとうもろこしを食べて射的で変なカエルの置物をゲットした。
 楽しくって・・・七条さんも楽しそうで俺は本当に舞い上がっていた。
 だから七条さんに言ったんだ。

「七条さんは何か食べたいものとかしたい事とか無いんですか?
さっきから俺のしたいことばっかりで折角だから七条さんの楽しい事もしましょうよ。」

すると七条さんは少し考えた後こう言った。

「本当に僕の行きたい所も付き合ってくれますか?」

「もちろんですよ。何がしたいですか?」

 俺の恋人はいつも俺に合わせてくれる。
 俺がしたいことや行きたい所して欲しい事・・・全部叶えてくれる。
 だから俺も答えたいと思った。
 ところが選りにもよって七条さんが行きたいと言ったのは会場の一番奥に位置するおばけやしきだったのだ・・・
 俺はとにかくこういった類のものが苦手だ・・・
 恋人の願いは叶えたい・・・
 でも・・・ここのお化け屋敷は所謂子供騙しな物とは違うのだ・・・
 前にTVで見たことがある・・・
 確か中が病院という設定になっていてものすご〜〜く怖いのだとTVのワイドショーが騒いでいた
俺にとっては本当に嫌がらせとしか思えないアトラクションなのである。

「ご・・・ごめんなさい・・俺無理です・・・」

 そういった瞬間の恋人の哀しそうな目を見るとなんとか叶えてあげたいと思うのだけれど・・・
 やっぱ・・・どう考えても無理です・・・

「あの・・・何だったら七条さん一人で行ってきて貰ってもいいですよ。
俺出口のところで待ってますから・・・」

 そう言うと恋人は余計に哀しそうに言った。

「別に伊藤くんと一緒で無いなら入りたいとも思いませんよ。
折角伊藤くんが一緒に思い出を作りましょうと言ってくれたので無理を言ってしまいました。
すみません・・・」

 そんな風に下手に出られると俺はどうしたらいいのか分らなくなってしまう。

「あ・・・あの・・どうしても入りたいですか?」

 しょんぼりした七条さんを見て俺は悪い事をしてしまったと思う。
 だって・・・一緒に思い出を作りましょうと言ったのは俺なんだ。

「あの・・七条さんがどうしてもって言うのなら・・
でも・・あのホント俺苦手なんで・・・」

 途端にぱあっと表情を明るくした恋人は心から嬉しそうに微笑んだ。

「大丈夫ですよ。何があっても君の手を離したりしませんから・・・ねっ?」

 顔を覗き込まれにっこり微笑まれると俺はもうなんとも出来なくなってしまうのだ・・・

「分りました・・・でも・・でも本当に絶対離れないで下さいよ?
それに俺・・叫んじゃうかも知れないですけど・・すみません。」

「伊藤くんは本当に可愛いですね。
いくらでも叫んで下さい。
でも僕の手を離したりしたらダメですからね。
怖かったら僕にピッタリくっついていればきっと怖くなくなりますよ。」

 そう言われてハタと気付く。

「七条さん・・・もしかして俺とくっついていたいからこれに入りたい・・・
とかって言いませんよね?」

 見上げた俺の視線を真正面から受け止めてちょっと変わった恋人は臆面も無く微笑んだ。

「もちろんです。
こんな絶好の機会を僕が見過ごすわけがありません。
それに暗いところならば恥ずかしがりやさんな伊藤君も僕と堂々と手を繋いでいられるでしょう?」

 はぁ・・・と小さな溜め息が洩れる。
そりゃ俺だって七条さんと手を繋ぎたいとか思っていたけれど・・・
やっぱり七条さんって変わってるよな。
 それでも嬉しいと思ってしまう自分もやっぱりかなりイカレているんだろう。
 思わず笑いながら七条さんを促した。

「もう・・なんだかあんまり怖くないような気がしてきました。行ってみましょう。」

 そういうとにっこり笑って手を差し出される。
 別に中に入ってからでもいいのに・・・と思いながらも俺も素直に手を差し出した。
  







 前言撤回・・・・
 半端なく怖い・・・
 病院の院内を再現した内部は患者の幽霊が出てみたり足元のエアーが急に抜けて尻餅をついたり・・・
 俺はもうぎゃーぎゃー叫ぶ事しか出来ずに七条さんにしがみついた。
 その度に七条さんは俺をぎゅっと抱き締めてくれるけれど怖いと気持ちは治まらない。

「し・・・ちじょうさん・・出口ってまだなんですか?」

 目に涙を浮かべながら俺は七条さんの腕にしがみついた。
今も首筋に冷気を吹きかけられ大声で叫んだばかりなのだ。

「もうすぐだと思いますよ?
外から見たときもそれほど広い建物にはみえませんでしたから・・・」

 なんでこの人こんなに冷静なんだ・・・
叫びまくる俺を抱き締める恋人の顔はいつも微笑んでいる。

「七条さん・・・怖くないんですか?」

 ビクビクしながら前に進む俺にしがみつかれたまま恋人はにっこり笑う。

「はい・・・怖いよりむしろ楽しいですよ。」

 なんで??なんで俺だけこんなに怖い思いしてるんだろう・・・

「だって何か起こるたびに君が僕にしがみついてきてくれるのですから。
こんなに嬉しいことはないでしょう?
頼って貰えるって嬉しい事なんですねぇ。」

 しみじみという様子に俺は思わずきょとんとした。
 だっていつも俺は七条さんを頼ってばかりなのに・・・
たったこれだけの事で嬉しいなんて言われるのってどうなんだろう・・・

「ぎゃ〜〜っ・・足・・・足に何かさわっ・・・」

「平気ですよ伊藤くん。単なる風です。」

 冷静に言われあまりの大声を上げた俺は少し恥ずかしくなってしまった。

「す・・すみません・・・俺・・・」

 謝った俺をぎゅっと抱き締めて恋人がそっと囁く。

「大丈夫です。
僕が付いてますから・・・君は何も心配しないで前だけを見て進んでください。
君が思うより僕は頼りになる男ですよ。」

 そんな風に思っていたのだろうか?
俺は本当に七条さんに頼ってばかりなのに・・・

「俺・・いつだって七条さんの事頼ってますよ?
俺こそいつも頼ってばかりで呆れられてないかと心配していたのに・・・」

 俺の言葉に恋人は一瞬呆気に取られたように動きを止めた。
そしてその一瞬の後に今まで以上にぎゅっと力を込めて抱き寄せられた。

「まったく・・・君は僕を喜ばせる天才ですね。・・・愛してますよ。」

 いきなりこんな所で愛の告白をされて顔が真っ赤になったのが分る。
 それでもどんなところでも七条さんといられれば嬉しいのだと知っている俺は
この世の中で最も安心出来る腕に護られ言葉を紡ぐ。

「俺も・・・愛してます・・・七条さん・・・ぎゃあああああ・・・・・・・・」

 折角の告白ももう一度足に風を吹き付けられ台無しになってしまった。
 それでも恋人は嬉しそうに微笑んでくれた。

「ねえ・・七条さん・・もう行きましょうよ・・・
いつまでもこんな所にいたら俺おかしくなっちゃいますよ。」

 掴んだ腕を引っ張るようにして先を急ぐ。

「お願いですからおかしくなるのは僕の腕の中でだけにして下さいね。」

 そんな風に請われて嬉しくないわけが無い。
 出口の光が見えてきて思わずにやにやした顔を見られないように大きく息を吸った。

「ねえ・・伊藤くん。」

 呼ばれて振り返ると真剣な眼差しの恋人と目が合った。

「何ですか?七条さん。」

 少しどきりとして次の言葉を待つ。

「この後はすぐに家に帰りませんか?
僕はあまりに君が抱きついてくるので理性が限界なのです。
早く君の浴衣を脱がせたくってさっきからうずうずしているのですよ。」

 思わずぷっと噴出した。

「良いですよ。一緒に夏の思い出作りましょうね。」

 俺の言葉に恋人はやっぱり幸せそうに微笑んだ。











 FIN


2009年夏コミにて無料配布した作品です。
夏だしお化け屋敷?
なんて安易な考えをしてみました。
きっと啓太は苦手に違いない!