「どうして七夕の日っていつも雨が多いんでしょうね。」

今にも泣きだしそうな空を見上げながら、君は残念そうに呟く。
点呼後こっそり2人抜け出した屋上で、
僕は君の身体を包み込む様に抱きしめる。

「1年に一度しか会えないのに
こんなお天気じゃ会う事も出来ないですね。」

そう言いながら少し拗ねた様に空を睨みつける横顔に
触れるだけのキスをする。

「大丈夫ですよ。たとえ雨が降ろうと星は雲の上ですからね。」

僕の言葉に腕の中の恋人はくるりと振り向き更に膨れた顔をする。

「もう…そんな事くらい分かってます。
七条さん、もう少しロマンチックな夢物語をしましょうよ。」

どうやら僕の言葉は彼のご機嫌を損ねてしまったらしい。

「すみません、伊藤君。そうですね。
どうも僕はそういった思考を持ち合わせない様で…
不愉快な気分にさせたのなら謝ります。
…だから機嫌を直してキスさせ て下さい。」

膨れっ面の恋人もこの場で押し倒したくなるほど可愛らしいけれど、
やはり最高の笑顔を見せて欲しい。

「別に…そんな謝って欲しい訳じゃ…」

少し後悔を滲ませ顔を伏せる彼の頤に
そっと手を掛けて瞳と瞳を絡ませる。

「し…ちじょう…さん…」

後悔と恥じらいと僅かな期待の浮かぶ柔らかい口唇をそっと味わう。

「んっ……」

合わせた口唇の僅かな隙間から洩れる吐息にすら体温が上がる。
こんなに求め合える相手に出会えるなんて…
過去の自分からは想像も出来ないだろう。

人を愛する幸せ。

去年までの僕ならば鼻で笑い飛ばしていたかもしれない。
柔らかな恋人の口唇を堪能しながら頭の中ではそんな事を考える。

「んっ…んんっ……はっ…ぁ…」

上がる吐息が愛おしい。
この吐息ごと全て自分の物にしたい。
そんな子供じみた独占欲。
それも恋人を手に入れてから芽生えた感情だ。


自分がこんなにも嫉妬深い性格だったとは…
君を手に入れてから今までの自分の価値観ががらりと変わった。
大切だった筈の物は実はそれ程重要ではなく
必要ないと思っていた感情はとても 大切な物であったり…
それまで気付かなかった季節の色を感じたり…

僕の世界に色を与えてくれたのは
恋人の穏やかな寝息であったり
真夏の太陽の様な僕を照らす微笑みだったりするのだ。


「し…ちじょう…さん…」

そっと僕の名を呼びすがり付く様に背に腕が回される。

「1年に1度しか会えないのでは
僕はきっと伊藤君不足で死んでしまいますね。」

キスの合間にそっと耳元に囁く。
僕の吐息にくすぐったそうに身を捻りながら君は甘く息を吐き出す。

「俺…も…です。いつだって俺…七条さんの傍にいたいです。」

こんな風に無意識に誘うから…
いつだって僕の理性は振りきれてしまう。

「それでは…七夕のお願い事は2人共それにしましょうか?」

そういうと君は幸せそうにふわりと微笑む。
一生2人傍に寄り添っていられます様に…

君を手に入れてから、僕はどんどん欲深くなって行く。
君の幸せを願い自分に与えられる喜びを願い…

いつの間に願う事が普通になっていたのだろう。
神や仏…ましてや他人に願うなど考えた事もなかったのに…

「七条さん。見て下さい。雲が晴れてきましたよ。」

恋人の弾んだ声に抱きしめた腕を少し緩め
肩越しに振り返り空を見上げる。
きれた雲の隙間から瞬く星々。

「綺麗…ですね…」

思わず溢れた吐息に腕の中の恋人はくすっと笑う。
視線を戻すといたずらっぽい目が見上げてくる。

「どうかしましたか?」

僕の問いにもう一度くすっと笑った恋人は
腕を伸ばして僕の両頬をそっと撫でる 。

「ねぇ…七条さん…
いつも七条さんが言っている意味が良く分かりました。」

暖かい両手の温もりを頬に感じながら視線だけで問い返す。

「俺以外を見つめないで下さい。
星に嫉妬しちゃいました。」

にっこりと微笑みながら言う彼にはどこまで自覚があるのだろう。
頬の手の平に自分の両手を重ねて引き寄せる。

「全く…君には敵いません。
…今夜は眠れると思わないで下さいね。」

すっぽりと腕の中に収まった君は恥ずかしそうに…
それでも嬉しそうにコクリと 頷いた。

腕の中の温もりを抱きしめながら僕は空を仰ぐ。
雲間から煌めく星達にそっと心の中で呟く。



…今年は逢えた様ですね。
今宵はどうぞ心ゆくまま…









 FIN

思ったより短いSSになりました。
たまには啓太もヤキモチ妬いてくれると臣さんも惚れ直すんじゃないかと・・・
最近モノローグ的なお話がマイブームらしい。