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帰り道学園に寄ってみると思ったとおり会計室に電気が点いていた。
俺は和希に先に帰ってもらって(七条さんへのプレゼントも預かってもらった。)会計室のドアをノックする。

「伊藤君?どうぞ。」

ずっと聞きたかった優しい声に促され入室する。
途端に抱きすくめられ額に口付けを落とされる。

「お帰りなさい。伊藤君。外は寒かったですか?身体が冷え切ってますよ。」

広い胸に抱きしめられ泣きそうなほどの安堵感が広がる。

「ただいま。七条さん。お仕事まだかかりそうですか?」

顔を上げてアメジストの瞳を見つめる。俺だけを見つめてくれる優しい瞳。

「ふふっもう終わりますよ。
折角伊藤君がお迎えに来てくれたのにこれ以上仕事に振り回されたくはありませんから。」

視線を机の上に移せば大量に積まれた書類の山が3束。凄い量。

「七条さん、もしかしてあれだけのデータ入力今日1日でやったんですか?」

「ええ。どこぞやらのインケンな方が週明けに返せとわざわざ持ってきましたからね。
別にデータ入力自体はちっとも構いませんが伊藤君とのデートを邪魔されたことは許せませんね。
・・・それより伊藤君。遠藤君とのお買い物は楽しかったですか?」

言外に滲み出る恋人の嫉妬心。こんな些細な事がとても嬉しい。
だから俺も素直に答える。

「楽しかったけど七条さんがいないので寂しかったです。
街も至る所でイルミネーションが点いてて綺麗でしたよ。
七条さんと一緒に見たいって思いました。」

強く強く抱きしめられる。その苦しさでさえ愛おしい。

「じゃあクリスマスの日は夜景を見に行きましょう。きっと素敵ですよ。」

「わあ、いいですね。楽しみです。」

その時ポケットの中でカサリと紙の音がした。
それを聞いて俺は伝えなければいけない事があったのを思い出した。

「あの・・七条さんそういえば俺頼まれ物があったんです。」

慌てて身体を離してポケットを探る。
見つけた手紙を出すと一気に告げる。

「あのっ街で七条さんに一目ぼれした人が手紙を渡してくれって・・・
最初はプレゼントもって言われたんですけど・・
それはなんとか断って・・・
でも手紙までは断りきれなくって預かってきちゃいました。すみません。」

手紙を差し出しながら、ちょっと恐くて顔が見れない。
すると頭の上で大きな溜息が1つ。

「それで君は自分の恋人宛のラヴレターをはいそうですか、と受け取ってきたと言うんですね?」

ヤバイ。怒ってる?

「だ・・だって・・・本当に断りきれなかったんです。
七条さんはそういう類の物受け取らないって言ったら手紙だけでいいって・・
それに返事も別にいらないからって話だったんです。
す・・すみません。でも本当に渡すだけでいいって・・・」

「僕は受け取りませんよ。伊藤君。
君はご存知だと思いますが、僕には心から愛している恋人がいます。
心も身体も髪の毛1本ですらその人の物ですから。
その人を守ることでこの両手はいっぱいいっぱいなんです。
ですから見ず知らずの人からの手紙を受け取る余裕はこの手にはありません。」

きっぱりと言い切られて少し青褪める。

「君はそれを受け取ってきてどうして欲しかったのですか?
僕がその人と付き合えばいいと思ったのですか?」

「ち・・・違います。」

大声で否定する。それだけはあり得ない。絶対そんな事嫌だ。

「では僕はどうすれば?君の前で手紙を破けばいいのでしょうか?
それともその人を呼び出してお断りするのですか?」

すっと細められた瞳。急に部屋の温度が下がった気がした。

すると七条さんはふっと笑みを浮かべる。
張り付いた笑顔。昔出会ったばかりのころの七条さんの硬質な笑み。

「ああ、じゃあその人を呼び出して目の前で僕の恋人を抱きましょうか?
僕の恋人はこんなに素敵な人です。
だから僕に付きまとわないで下さい。とでも言いましょうか?」

背筋を冷たい物が走った。初めて七条さんが恐いと思った。

優しくて優しい人。
いつでも俺に向ける笑顔は本物だった。
それが今は他人を見るかの様な冷たい瞳。
身体が痺れたように動かない。
色々言わなきゃと思うのに声を発することが出来ない。

「案外その人は僕と伊藤君のことを知っているのかも知れませんね。
それでわざわざ君に手紙を託したのかも知れませんよ。」

「そ・・んな感じの人じゃありませんでした。
自分の気持ちを伝えたいだけだって・・付き合うのが無理なのは最初から分かってるって・・・」

何とかそれだけ告げる。目の奥が熱くなってきた。

「それだってエゴではないですか?
自分の気持ちを伝えたいだけ?笑わせますね。
返事なんかいらないといってもその手紙の中には本人の住所や電話番号、
Eメールアドレス等全ての連絡が取れる情報が書き込んであるはずです。
返事をいらないと言うのであればそんな情報は必要ないはずでしょう。」

「それは自分のことを少しでも知って欲しいからでしょう。」

目頭が熱い。
確かに七条さんの言っている事は正論だけど気持ちはそんな風に割り切れない。

「随分と肩をもつんですね。
そんなに伊藤君の気に入る人なのであれば僕は付き合ってみるべきですか?」

「それは・・・それだけは嫌です。
俺、自分でもどうしたいのか良くわからないけど・・
なんだかその時は受け取ってあげなきゃいけない様な気がしたんです。
彼女が余りに必死だったから・・」

涙がこみ上げてきてしまって右手の甲でごしごしとこする。

「君は彼女に同情したのですか?それとも優越感に浸っていたのでしょうか。」

後頭部を殴られたような衝撃だった。
こめかみにドクドクと血が流れるのが解った。
思わずそのまま会計室を飛び出した。

「伊藤君!」

後ろで七条さんが叫んでいたけど振り向けない。全速力で走った。








元からどこへ行くあてがあった訳じゃないけど
なんとなく寮には帰りたくなくて暗がりの中をただ歩く。
さっきの七条さんの言葉が胸を衝く。

そう、俺はきっと優越感に浸っていたんだ。
彼女がどんなに七条さんの事を思っていても七条さんは俺の物だ。
彼女を上から見下ろす所に自分がいるからこそ手紙を受け取った。
自分の醜い嫉妬心を隠したくて表面だけ取り繕った。
七条さんが傷つくことを解っていてそんな七条さんより体面を取った。

こんな俺のどこが真っ直ぐなんだ・・・これじゃあ七条さんに嫌われちゃうよ。
歩いているのも面倒くさくなって思わずその場にしゃがみこむ。



「そこにいるのは誰だ。」

急に響いた良く通る声にビクッとする。
そして顔を上げると見慣れた整った顔があった。

「西園寺さん・・・」

「なんだ。啓太か。こんな寒空の下何をしている。凍死する気か?」

のろのろと身体を起こす。
泣いていた顔を見られたくなくて俯いたけどきっと西園寺さんには分かってしまっただろう。

「来い。啓太。私は寒い。さっさと戻るぞ。」

有無を言わせぬ言葉に俺は素直に従った。




西園寺さんの私室に入ってコートを脱ぐ。
そのときにポケットの中で手紙がカサリと音を立てたのを苦い気持ちで聞いた。

ボーっと立っていた俺は西園寺さんが呼んでいる声を聞き逃していたらしい。

「啓太。聞こえないのか。」

はっと我に返る。

「すみません。ぼっとしてました。」

すると西園寺さんは苦笑しながら言う。

「啓太。とりあえず紅茶を淹れてきてくれ。香りの高いのがいい。」

「はい。分かりました。」

コートをソファーに置いて簡易キッチンに行く。棚から缶を出そうとして悩む。
香りの高いの・・・アールグレイ・・アプリコット・・・いやメランジュミステリオこれにしよう。
ゆっくりとポットとカップを温める。一連の動作をしていたら段々気持ちも落ち着いてきた。
西園寺さん・・・ふと思いついた事に胸が痛くなった。
聡い彼は俺が七条さん絡みで落ち込んでいる事なんてとっくにお見通しだろう。
そんな時西園寺さんは必ず俺に紅茶を淹れろと言う。
その間に俺が落ち着くから・・・それからゆっくり話を聞いてくれる、懐深い人。
ティーコゼーをかけてソファーへと運ぶ。矢車草の香りが部屋中に拡がる。

「で?今日は何があった。」

単刀直入。さすがは西園寺さん。
俺はなるべく簡潔に今日の出来事を話した。

「それで啓太は落ち込んでいたのだな。」

話し終えるとそう尋ねられた。

「いえ・・落ち込んでいたと言うか・・自己嫌悪です。
凄く自分がやなヤツに思えて。
自分の醜いところだけ隠して自分を良く見せようとしてました。」

「全て綺麗なままでいられる人間などいない。
誰しもが自分を護って生きているんだ。
誰もが自分の醜い感情にふたをして無かったことにしている。
その蓋の中を見つめることは自分を壊すことになるからな。
私だって臣だって皆がそうして生きている。恥じる事ではない。」

相変わらずの真っ直ぐな瞳。
この人の様に潔く生きられたらいいのに。

「西園寺さんにもあるんですか?その蓋。
俺にはそんな風には見えませんけど。」

「馬鹿か。私は聖人君子では無い。
もちろん人に知られたくない事など山のようにある。
だがそんな弱みを他人に見せるほど間抜けでもない。」

「でも・・でも七条さん・・・
七条さんはいつも真っ直ぐで素直だから俺の事好きっていってくれてるんです。
こんな卑怯な俺じゃあ嫌われちゃう。」

つい涙声になってしまって下唇を噛む。

「全くお前たち2人は・・どうしてどちらもそう自信が無いのだ。
お互いを信じることも必要だろう・・
よし、啓太。お前に臣の本音を聞かせてやろう。もうすぐ此処へ来る。
その時お前はバスルームで話を聞いていろ。
ただし私が呼ぶまで出てくるな。
それから気配を悟られるな。臣はお前の気配には特に敏感だからな。」

七条さんの本音。ちょっと恐い気もするけれどやっぱり聞いてみたい。
俺は頷いて自分のカップだけ片付けた。





予定より20分程遅れて七条さんはやってきた。
珍しくちょっと息を乱している。

「遅くなってすみません。郁。」

「珍しいな。臣が連絡も無く遅れるなんて。」

俺はバスルームのドア越しにその言葉を聞く。

「すみません。探し物をしていたので・・・」

ふっと西園寺さんが笑う気配がする。

「それで・・・探し物は見つかったのか?」

「いいえ。どこを探しても見つからなくて途方にくれてたんですが・・・
こんな所にいたんですね?」

その言葉にドキッとした。
七条さんの探し物が俺だってことに気付いて・・・
しかも此処に隠れているのがばれちゃったかな?

「ああ。さっきまで此処で泣いていたぞ。
紅茶を飲んで落ち着いたみたいだが・・・
臣!」

急に凛とした声が響いて俺の方がびっくりした。

「何ですか?郁。」

「啓太に何をした。あまり泣かせてばかりいると啓太は私の物にするぞ。」

本当に俺のことを心配してくれる優しくて強い人。

「イジワルですね、郁は・・実は今回ばかりは僕も落ち込んでるんです。
あんまりいじめないで下さい。」

「ふっ。啓太がラヴレターを運んできたのがそんなに許せなかったのか?」

すると七条さんは”お茶を淹れなおしましょう”といって席を立とうとする。

「逃げるな。臣。私に心を隠しても意味は無いぞ。」

ふーっと言う溜息と共に七条さんがもう一度ソファーに腰を下ろす音がした。

「確かに最初はかなり不愉快でしたよ。
何故よりによって君が預かって来るんだと。
まあ彼の性格では断るのも難しいでしょうけどね。
しかしそれ以上にショックだったのは彼を怯えさせてしまったことです。」

「どういう事だ?」

西園寺さんが先を促す。

「僕のような捻じ曲がった人間には彼は眩しすぎます。
時々どうしようもない程彼を此処まで引きずり降ろして穢してみたい願望に駆られます。
もちろん穢したところで彼は変わらないのでしょうけど・・・
いつもは理性で抑えていたのですが今回うっかりと出してしまいました・・・
心底怯えた顔をしていましたよ。
僕の本性が見えて恐くなってしまったのでしょう。」


違う!と叫びたかった。
確かに一瞬恐いとは思った。
けど俺が逃げ出したのは自分の醜い心を七条さんに知られたくなかったからだ。

「そうなのか?啓太。」

ふいに名前を呼ばれそっとバスルームから出る。

「い・・・とうくん。」

「違います・・違います、俺・・・」

驚いている七条さんに向かって一歩踏み出す。
でも伝えたい言葉が出てこない。

駆け寄ってきた七条さんに抱きしめられる。暖かい腕の中。

「こんな所に・・・いたんですね?ようやく捕まえた・・・」

頭上からの優しい言葉にうっとりと目を閉じる。

「臣。今日の報告は明日聞く。今日は啓太を連れて自室に帰れ。」

「ありがとうございます。郁。
お言葉に甘えてそうさせていただきます。
行きましょう。伊藤君。」

促され俺は西園寺さんに頭を下げた。
お礼を言わなくちゃと思ったけれど声を出したら涙が零れてしまいそうだったからそのまま部屋を出た。


すぐ隣の七条さんの部屋に入った途端きつく抱きしめられた。

「すみません。伊藤君。僕を嫌いにならないで下さい。」

抱きしめている七条さんの腕が震えている。まさか泣いてる?

「君が飛び出していってからありとあらゆる所を探しました。
もしかしてもう2度と君が僕の元に帰ってこないんじゃないかと。
あんなに怯えさせてしまってすみません。
僕を・・・嫌いにならないで・・」

震えている彼を抱きしめる。
もちろん体格差から言ったら俺が抱きついているんだけど気持ち的には抱きしめた。

「七条さん。俺は何があっても七条さんの事嫌いになったりしません。
俺こそすみませんでした。元はと言えば俺のせいですし・・・
それに違うんです。・・俺が飛び出したのは七条さんが恐かったからじゃないんです。」

電気も暖房もつけてない部屋。なのにとても暖かい。
俺はなるべく解かり易く俺の気持ちを伝えようと思ったけどやっぱり難しかった。

でも詰まるたび七条さんは”それで?”と優しく先を促してくれる。
全てを聞き終えると額にキスをしてくれた。

「そうでしたか。君を不用意に傷つけてしまいましたね。すみませんでした。
僕こそ君の事を嫌いになるなんてありえませんから安心してください。」

もう一度強く抱きしめられる。
ああ。この腕の中にいられるならどんなに穢されても構わない。
元々俺の中に有る醜さを暴かれたとしても真っ直ぐにこのアメジストの瞳を見返したい。
きっとそれが七条さんが好きといってくれる俺の真っ直ぐさだと思うから・・・

最初のコンセプトはケンカをする2人だったんですが、
なんか結局いちゃいちゃです。
でも実はまだ続くんです(笑)