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ああ。伊藤君に会いたくなってしまいました・・・


ファーストフード店の自動ドアを身を屈めて通りながら僕は一人つぶやいた。
立食パーティーはなかなか食べるのが難しい。
まして天下の鈴菱グループ・トップの名代で行ったからには、彼の役割もこなさなくてはなるまい。
次から次へと名刺を携えてやって来る欲に満ちた虫の様な彼ら。
僕にでさえあの様子では、理事長本人が出席していたら大変だったでしょうね。
今更ながら少々同情しますよ。
理事長と呼ぶにはあまりにも若すぎる彼の顔を思い浮かべる。







9月の始業式が始まったその日、僕は理事長室に呼び出された。
ある日本のIT企業が主催する国際フォーラムに参加してくれ、との事だった。
理事長本人はその日学園のメインサーバーのメンテナンスで1日出られないと言う。
”では僕がメンテナンスの方を担当しましょうか?”と言う僕の提案は苦笑と共に却下された。
”君に任せたら次から君はサーバーに侵入し放題だ。セキュリティーの意味が無い。”
まあ当然でしょうね。でも今でも実は侵入し放題なんですよ理事長。
もちろんそんな事はいわずに理事長室を出ましたけれど・・・




店で食べる気がしなくてテイクアウトしてきたハンバーガー。
このままホテルへ持って帰っても何だか味気ない気がします。
伊藤君と2人だったらお店で食べてもおいしいのに。
彼のほっぺたに付いたケチャップを取ってあげながら他愛もない話で楽しめるのに・・
君を店の中にいる人全てに見せびらかして歩きたいのに・・・



ああ。伊藤君に会いたくなってしまいました・・・



たった1日寮を離れただけ。なんて女々しい自分。
こんな僕でも伊藤君は好きだと言ってくれるでしょうか?
彼は今何をしているのでしょう。この時間だと夕食は終えてお風呂でしょうか。
それとも課題と格闘中でしょうか。
思わず口元が緩む。彼の事を考えるだけで心が暖かくなる。




”ニャー”
小さな鳴き声でふと我に返る。
足元を見ると小さな愛らしい瞳の獣。

「おや、どちらのカワイ子さんですか?お腹がお空きなら一緒に食べませんか?」

紙袋を揺らして近くの植え込みのブロックの上に腰掛ける。
すると僕の言葉が解るのか小さな脚を一生懸命動かして走ってくる。

「ふふっ君はお利口さんですね。そんな一生懸命な姿を見たら本当に僕は恋人に会いたくなってしまいましたよ。
君の様につぶらな瞳で、とても真っ直ぐで、可愛いんです。」

そんな僕の言葉より早く頂戴のおねだりポーズ。

「分かりました。とにかく一緒に食べましょう。」

たとえ相手が猫であろうと食事に同席してくれるのは嬉しいものですね。




携帯がスーツのポケットで振動を始めた。
そういえばマナーモードを解除するのを忘れてました。
画面には愛しい人の名前。それを見ただけで嬉しさがこみ上げる。

「伊藤君。こんばんは。」

自分の声が幾分か上擦っているのが分かる。

「あの。七条さん、今って大丈夫ですか?」

おずおずと切り出す君が愛おしい。
こちらの状況を慮ってくれているんですね?

「はい。もうパーティーも終わりましたし、今は食事中ですよ。」

「えっご飯中なんですか?すみません。ちゃんとした物食べてますか?
七条さんの事だからジャンクフードじゃないかと心配していたんです。」

ふふっ本当に君には敵いません。

「はい。すみません。ハンバーガーを買ってしまいました。
1人で食べるのは味気ないのでつい簡単な物に手が出てしまいました。」

「やっぱり・・・ダメですよ。食事はちゃんと摂って下さい。俺が心配ですから。
俺の為にちゃんとした物食べて下さい。」

伊藤君だんだん僕の操縦方法が解ってきたみたいですね。
そんな風に言われたら僕は従うしか無いじゃありませんか。
嬉しさと共にちょっとしたイタズラ心が芽生えた。

「分かりました。明日はちゃんと食べる事にします。
でも今は1人ではないので楽しく食事をしていましたよ。」

電話の向こうで息を呑む気配。本当に愛おしい。

「あのどなたかとご一緒だったんですか?すみません。じゃあお邪魔でしたね。
あの・・・・切りますから・・・。」

無理に喉から引っ張り出した様な声。
単語と単語の間に詰められた恋人の嫉妬心。
1人でほくそ笑む。ヤキモチがこんなに嬉しいなんて。捩れてますね。僕は・・・

「すみません。意地の悪い事を言いましたね。僕の今の食事のお相手は子猫ちゃんですよ。
僕の寂しそうな姿に同情してくれたのかお相手してくれてるんです。」

そう言って子猫を抱き上げると腕の中で”ニャー”と小さく鳴いた。
その声が電話越しに彼にも聞こえたのだろう。ふふっと笑う声が聞こえる。

「もう吃驚させないで下さい。俺、一瞬腹立てちゃいましたよ。」

まったく君は真っ直ぐでストレートですね。本当にたまりません。

「七条さん。明日は何時頃に帰ってこれるんですか?俺校門まで迎えにいきます。」

「そうですね。鈴菱の車が10時に来る事になっていますからお昼には着けると思いますよ。
近くなったら電話することにしましょうか。僕も早く伊藤君に会いたくて仕方ありません。是非迎えに来て下さい。」

彼が明日迎えに来てくれる。そうしたらその場で抱きしめよう。
彼は恥ずかしがるだろうけれど、大丈夫。校門の辺りはほとんど人がいませんから。

「あの。七条さん。」

「はい。何ですか?」

少し言いよどむ彼。何だろう。さすがに顔の見えないこの状態では、彼の考えている事は解らない。

「あの・・・今朝七条さんスーツを着て出て行ったじゃないですか。
あの・・・すごく似合ってて格好いいなって・・・あれ?俺何言ってんだろう。」

体中の血が逆流する。どうして彼はこう簡単に僕を煽ってしまうんでしょうか?

「ふふっ今晩のオカズにしないで下さいね?
明日本物をいくらでも見せてあげますから・・・自分でしたりしちゃダメですよ。」

「し・・・七条さん・・もうやめて下さい。そういう事言うの・・・」

きっと今頃彼の顔は真っ赤なんでしょうね。
今すぐ抱きしめたいのに。届かない、今は。

「と・・・とにかく明日迎えに行きますから電話を下さい。
じゃあ、きちんと寝て下さいね。お休みなさい。」

早口でまくし立てて僕がおやすみなさいのキスを受話器に落とす前に
切れてしまったホットライン。
また、明日君は怒るのでしょうね。
でもその怒っている時の伊藤君でさえ食べちゃいたい位可愛いんですけど。

明日までの長い夜。僕はどうやって過ごせばいいんでしょう。
でも伊藤君に寝て下さい。
と言われたからにはちゃんと身体を休めないといけないのでしょうね。

「僕の恋人は可愛いでしょう。いつでも僕の心配をしてくれているんです。
ですから今日は戻って寝ることにします。
食事に付き合っていただいてありがとうございました。君も元気で大きくなってくださいね。」

食べ終えた袋を片付け、子猫を膝から降ろす。
すると小さく”ニャー”と鳴いた彼女は暗闇へ消えていった。
本当にお利口さんですね。

そんな事を考えながら右手に握り締めた携帯を見る。
誕生日に郁と伊藤君がくれたストラップ。
彼の瞳の色と同じアクアマリンを見ながら先程の彼との会話を思い出す。

”あの・・・すごく似合ってて格好いいなって・・・”

本当に彼は僕を付け上がらせる。
明日はスーツを着たまま楽しむ事にしましょう。
その為にも今日はキチンと体力を養っておかないと。
さっきまでまるっきりホテルに帰る気も無かったのに
急に早足になる自分を自覚して僕は苦笑を漏らした。


まったく。まだまだ自分は子供ですね!





 FIN

臣さん独白っぽく書いてみました。
私の中の彼はすごく味オンチなのです。
ほっとくと3食インスタントで過ごしそう。(笑)