「うわ〜〜。こんな広いお部屋って俺初めてです。」

俺は思わず大きな声を上げてしまって慌てて口を塞ぐ。
今日、俺は西園寺さんと七条さんと3人で西園寺さんの懇意にしているという温泉にやってきた。
最初は西園寺さんにからかわれたりして
(七条さん抜きで温泉に行くって話になってて俺は大いに慌てたんだ)
色々あったけど俺はとにかくこの旅行が楽しみで仕方なかった。

大好きな2人の先輩と行く温泉旅行はどんなに素敵だろうか?
思わず夢にまで見たくらいだ。
和希に言ったら単純だって笑われたけどね。

「こちらのお部屋は当旅館で一番大きなお部屋でございます。
いつも西園寺様にはご贔屓にしていただいておりますので
西園寺様のお見えの時はいつもこちらのお部屋を用意させて頂いております。」

仲居さんが丁寧に説明してくれる。

「へぇ〜〜さすが、西園寺さんのお家って凄いんですね。」

考えも無しにうっかり口にした後しまった・・・と思う。

「別に何も凄い事はない。単に私の祖父が金持ちだったという話だ。」

こういうセリフをさらりと言えてしまう西園寺さんが凄いと思います・・・
心の中でそう呟きながらはあ・・と気の抜けた返事をした。
仲居さんが丁寧にお辞儀をして去っていくのを見送った俺は
早速部屋の中をきょろきょろと見回す。
だって部屋が3つもあるんだ。
全部和室でその1部屋ずつがまた広い。
色々引き戸を開けてあ〜〜これは押入れなんだ〜〜。
とか一人で呟いていると西園寺さんの笑い声が聞こえる。

「啓太・・・物珍しいのは分かるが少し落ち着いたらどうだ。」

「はい・・・でも俺ホントこんな広い旅館って初めてで・・
あ・・そうだ!写メ撮って朋子に自慢してやろっと。」

ウキウキしながら携帯を取り出す。
すると日本茶を淹れてくれたらしい七条さんが俺を呼ぶ。

「君は本当に妹さんと仲が良いですね、伊藤君。
とりあえず落ち着いてお茶でもいかがですか?」

「あ・・すみません。
・・う〜〜ん仲が良いかは分かりませんけど結構良く話す方だと思います。」

そう言いながらようやく俺は七条さんの隣に腰を降ろす。

「ちょっと妬けちゃいますね。」

耳元にそっと告げられて体温が上がる。

「臣!ここでイチャイチャするな。」

「ふふ・・すみません、郁。伊藤君が余りに可愛かったもので・・つい。」

普段の会計室と同じ会話がされて俺はちょっと笑ってしまった。
「そういえば啓太。
まだ見てないようだがここの旅館は大浴場はもちろんの事
全ての個室に部屋専用の露天風呂が付いている。
後で見てみるといいぞ。」

「ええ?本当ですか?ちょっと俺、見てきます。」

飲みかけのお茶を置いて俺は席を立つ。
いくつかの引き戸を開けても見つからない、
っていうかどんな広さなんだこの部屋。

「伊藤君。こちらですよ。」

少し困った顔をした七条さんが俺を導いてくれる。

「あ・・すみません。」

「全く郁にも困ったものですね。
どうしても僕から伊藤君を引き離したいらしいですね。」

何の事だろう?一瞬頭の中に?マークが浮かんだけれど
それより目の前の露天風呂に目が釘付けになってしまった。

「うわ〜〜〜〜。広い〜〜〜。これ本当に俺たちだけで使っていいんですか?」

思わず興奮した声を上げてしまう。

「啓太。後で私と一緒に入れ。2人なら充分余裕がある。」

「郁・・それはダメですよ。」

静かに・・それでもきっぱりと七条さんが言う。

「そんな・・皆で入りましょうよ。その方が楽しいですって。」

浮かれっぱなしの俺は目の前の恋人の瞳が不快気に細められた事を
うっかり見逃してしまっていた。

「伊藤君。後で卓球をしませんか?」

唐突な七条さんの誘いに思わず顔を見返す。

「卓球・・ですか?」

「おや?温泉と言ったら卓球だと随分前に丹羽会長にお伺いしたのですが、
何か違っていたのでしょうか。」

そっか・・そういうことか・・
思わず噴出した俺に七条さんは怪訝そうな顔をする。

「いえ・・違ってませんよ。後でやりましょうね。」

今までだって七条さんの事だから温泉は来た事があっただろうけれど
確かに西園寺さんと卓球をやっている姿は想像出来ない。

「啓太。先に私と風呂に入るぞ。」

「郁。卓球をしたら汗をかきます。
卓球が先に決まっているではありませんか。」

「何度でも入ればいいだろう。とりあえず啓太は私と風呂だ。」

「それはダメだと先程も言ったではありませんか。」

相変わらず言い合う二人にいつまでも慣れる事が出来ない。

「ちょ・・ちょっとあの・・二人ともやめて下さい。」

「啓太が気にする事は無い。」

「伊藤君の所為ではありませんよ。」

二人同時に言われ相変わらずいいコンビだと舌を巻く。
なんと口を挟んだらいいか分からない俺を尻目に2人はまだ言い合いを続けている。

もちろん本気でケンカをしている訳ではないのは分かってる。
なんだか俺はちょっぴり取り残された気持ちで下を向く。

幼馴染みの2人はいつでもツーカーだ。
当たり前だしそれがいけないなんて思わない。
だけどこんな時俺の胸にはチクンと小さな針が刺さる。
決して俺をないがしろにしているわけではないしいつも話の中心は俺だ。
でも・・それでも・・

「伊藤君?大丈夫ですか?」

そっと名を呼ばれ俺ははっと顔を上げる。

「すみません。大丈夫です。」

勝手な想像に自分が嫌になる。
大好きな恋人の視線が自分に向いたことにとても安心する自分がいる。
西園寺さんは大好きだ。尊敬もしている。
それでも俺はこうしてたまに西園寺さんに妬いてしまう。

「啓太・・疲れたか?」

綺麗でしなやかに強い人。
いつも漢らしく俺を導いてくれる。
こんな醜い感情はしまっておこう。
いつだって俺はこの2人が大好きだから・・・


「西園寺さん、七条さん。
3人でお風呂に入りましょうよ。
きっとここの露天風呂なら3人でも余裕ですよ。」

俺の提案にそっと頷いてくれる2人は俺の大好きな人たちだ。
きっとこの関係はいつまでも変らない。
変らない事を願う。

たまに胸の奥底が痛むけれどそれは自分の器の小ささを見せ付けられているんだ。
俺もこの2人の先輩のように人を包み込める大きな器を持ちたいと思う。

「俺・・お2人の事。大好きです。」

そう告げると2人ともとても嬉しそうに微笑んでくれた。










 FIN

会計部祭りに捧げさせて頂いた会計部+啓太。
Rikoさんに差し上げたMENSONGEの続編です。
合わせてお楽しみ下さい。