「七条さん、遅いですね。また長引いてるんでしょうか…」

学生会室に向かったまま中々帰って来ない七条さんの事が心配になって聞いてみる。
いつもの冷戦になってないといいんだけど…

「臣のあれは趣味だ!啓太が心配する事はない。」

きっぱりと西園寺さんが言い切る。
確かに中嶋さんとのバトルは見ているこっちはハラハラしてしまうけれど、
本人は楽しんでいる様にも見える。
でもやっぱり心配だ。

「西園寺さん、俺ちょっと見に行ってきます。」

「啓太。臣だって子供ではない。放っておけ!」

確かに俺が行ったって別に止められる訳でもないんだけど…

「ところで啓太。今度の3連休は何か予定はあるのか?」

七条さんの事を考えていた俺は、
西園寺さんの話題転換について行けずしばらく固まってしまった。

「どうした。何か予定があったのか?」

「あ…いいえ。特に何も決めてないですけれど。」

別に何も予定なんかなかった。
七条さんと買い物に行ければいいな。と思っていたくらいだ。

「では、啓太。私の父の懇意にしている温泉宿がある。
最近顔を出していないので来いと催促されている。私と共に行かないか?」

「うわぁ温泉ですか?行きたい。行きたいです。」

俺がそう答えると西園寺さんはとても綺麗に微笑んだ。

「そうか。ならばその様に連絡しておこう。
あぁ…臣にも私から話しておく。」

「ありがとうございます。俺、楽しみにしてます。」



七条さんも綺麗だけどやっぱり西園寺さんは誰よりも綺麗だと思う。

「ふっどうした啓太。そんな顔をして…。私を誘っているのか?」

「えっ?そ・・そんな・・誘ってなんて・・」

冗談と分かっていても西園寺さんの口から出るとつい本気で答えてしまう。

「ふっ冗談だ。啓太は可愛いな。」

「もう・・・やめて下さい。恥ずかしいです。・・・ってうわぁ。」

突然西園寺さんが俺の頬にキスをする。
これは挨拶のキスだと分かっていてもいつもドキドキしてしまう。
だってこんな綺麗な顔が近くに来たらどんな人も平静ではいられないと思うんだ。

「ただいま帰りました。郁、何か楽しい事でもあったのですか?
顔が笑っていますよ。」

突然ドアが開いて七条さんが学生会室から帰って来た。
西園寺さんに笑われていたおかげで俺は
七条さんの足音に気付かなかったみたいだ。

「ふっ、何でもない。啓太が可愛いと言う話をしていただけだ。」

「何ですか?伊藤君の事ならば尚更気になるではありませんか?
郁、意地悪をしないで教えて下さいよ。」

「駄目だ!これは私と啓太二人だけの秘密だ。
まぁお前の言う所のナイショ。と言う奴だ。」

ホントはそんな秘密の話をしていた訳でも無いのに
西園寺はわざと重大な事の様に言う。

「全く…郁は意地悪ですね。
では後で伊藤君に聞きますから構いませんよ。」

「啓太。もちろんナイショだ!わかっているだろうな。」

えぇ?そんな…俺にふらないで、西園寺さん。
俺が七条さんに隠し事出来る訳ないじゃあないか。

「えっと…あの…」

「郁。伊藤君が困ってますよ。あまりいじめないで下さい。」

そう言いながら七条さんの顔も笑ってる。
この2人どこまでが本気でどこまでが冗談なのかわからない。
お互いはちゃんと通じているみたいだけど、俺だけがいつまでたっても慣れない。
いつもヒヤヒヤしてしまう。
でもやっぱり2人は親友といった言葉が一番良く似合う。
ツーカーの仲とでも言うのだろうか。

例えば西園寺さんが

「臣、あの件はどうなった。」

って言うと、七条さんは

「ああ。その件でしたら当初の通りで良いようです。全て解決してます。」

等といって会話が成立してしまう。
後で七条さんに聞いてみると俺もちゃんと前もって聞いていた話なのに、
その話の事だとさえ気付かないくらいだ。

「伊藤君。聞いていますか?」

「えっ?あ・・・すみません。ちょっとぼんやりしてました。」

余計な事を考えていた所為で俺は七条さんの言葉を聞き逃してしまった。

「もう今日の仕事は終わりましたので帰りましょうと言ったのですよ。」

「は・・・はい。じゃあ西園寺さん、失礼します。」

俺はティーカップを優雅に掲げる西園寺さんに挨拶をして会計室を出た。

「七条さん。学生会室から帰って来るの随分と遅かったですね。
俺、心配しちゃいましたよ。」

「ふふっ僕が陰険な眼鏡さんと仲良くしているかをですか?」

「そっ・・・そんな事言ってません。
でも・・・ちょっとだけ迎えに行こうかと思ってました。」

俺がそう言って見上げるとアメジストの瞳の恋人は晴れやかに笑う。

「ふふっ嬉しいですがお迎えは結構ですよ。
陰険眼鏡さんに可愛い恋人が変な目で見られたら嫌ですから。」

「もう・・・そんな事ばかり言って。
・・・あっそういえば七条さん。今度の連休の事なんですけれど。」

なにげなく七条さんの顔に目をやると困ったように左眉を下げる。

「すみません。郁に聞きましたか?
全く仕方の無い人です。
僕は折角君と2人で出掛けようと計画を立てていたのに。」

「あ・・・そうだったんですか?
俺も七条さんと買い物に行きたいなと思っていたんですけど
特に急ぐ物でもないし今回はいいかなって。」

すると急に肩を抱き寄せられる。

「本当に君は優しい人ですね。
こんな優しくて可愛い恋人を持てて僕は本当に幸せ者ですね。」

「って七条さん。ここ道路ですよ。・・ちょ・・困ります。」

腕の中から抜け出そうとちょっともがくと更に抱き寄せられる。

「誰も見ていません。ちょっとだけですから・・ね?・・お願いです。」

このお願いに俺は弱い。
自分でも分かっているけれど抗う力が抜けてしまうのだ。
所謂腰に来るというやつだ。
そんな風に耳元で囁かないで欲しい。
俺の方が我慢が効かなくなってしまう。
抱きしめられた腕の中・・・暖かくて安心する。
七条さんもそう思っていてくれたらいいのに・・・

「ふふっ君の身体はとても温かくて気持ちいいですね。」

どうしてこの人は欲しい言葉を欲しい時にくれるのだろう。
嬉しくってぎゅっと抱きつく。

「伊藤君。これ以上煽らないで下さいね。
このまま君をここで押し倒してしまいそうです。」

「駄目です。そんな事・・俺、困ります。」

そう言いながらも俺は七条さんから離れる事が出来ない。

「今日の君は甘えん坊さんですね。
とても嬉しいです。
でももう少しで寮ですからそこまで行ってから愛を確かめ合いましょう。」

「はい、七条さん。大好きです。」

名残惜しくて彼の腕にしがみつく。
何でだろう。とても離れ難い。

「伊藤君。可愛すぎです。
・・・全く・・君があまり煽るので僕の理性も限界ですよ。
早く寮まで行きましょう。」

俺の手を引いたまま七条さんは大きなスライドで歩き出す。
俺は少し小走りに後を追った。

「ねえ、七条さん。西園寺さんの言ってた所って何処なんですか?」

七条さんの早足についていくのは結構大変だ。
俺は少し息を切らせながら聞いた。

「は?何の話ですか?」

七条さんは早く寮に帰る事ばかり考えているのか珍しく俺の質問を聞き返した。

「だから・・・西園寺さんが言ってた温泉の場所です。」

すると突然七条さんが歩みを止めた。
あまりに突然で俺は七条さんにぶつかってしまった。

「っつ・・・どうしたんですか?七条さん。
急に止まるなんて。
すみません俺、ぶつかっちゃいましたね。
痛かったですか?」

俺の質問に七条さんはゆっくりと振り返る。

「伊藤君。
つかぬ事をお聞きしますが、
郁は先程伊藤君に連休の予定を何だと言ったのですか?」

「えっ?西園寺さんのお父さんの懇意にしている旅館から誘われているから
行かないか?って言われましたよ。」

すると見る見るうちに七条さんの顔が強張る。

「で、君はなんと答えたのですか?」

「え?・・はい。行きたいです。と
・・・西園寺さんが七条さんには言っておくからって
・・・あれ?何かまずい事でもありましたか?」

「郁・・・赦せませんね。
・・・伊藤君申し訳ありませんがちょっと急用を思い出しました。
後で部屋に伺いますので先に寮に戻っていてくださいませんか?」

ちょ・・明らかに何か怒ってる。俺、何か失敗した?

「ど・・どうしたんですか?
何か俺がいけないことでも言いましたか?
すみません。・・何があったのか教えて貰えませんか?」

すると明らかに張り付いた笑みで七条さんは答えた。

「いいえ。伊藤君にこれっぽっちも悪いところなんてありませんよ。
すぐに行きますからとりあえず帰っていて下さいね。」

そう言うと同時に七条さんは今来た道を小走りに戻りだす。
うわぁ。何があったか分からないけどとりあえず追っかけなくちゃ。
俺は慌てて後を追う。
でも足の長さの所為なのか七条さんは結構速い。
見失わないようになんとか追っていくとどうやら戻っていったのは会計室みたいだ。
慌てて俺も入ろうとした時に七条さんの怒鳴り声が聞こえた。

「郁!どういうつもりですか?郁といえども赦しませんよ。」

七条さんがこんな大声出すなんて。
俺は驚きのあまり固まってしまって足が前に進まなくなってしまった。
すると場違いなほど穏やかな声が聞こえてくる。

「何を言っている。臣。
・・珍しいな。おまえがそんな大声を出すなんて。
・・・ふっ・・お前のそんな声を聞くのは中3以来だな。」

「誤魔化さないで下さい。郁。
どういうことですか?
僕には3連休仕事を言いつけておいてご自分は伊藤君と温泉ですか?」

えっ?中3って何の事?っていうかそれより温泉って?
え?えええっ?
俺は西園寺さんが誘ってくれるのなんて
当然七条さんが一緒なんだと勝手に思い込んでいたけれど・・・
良く考えてみると西園寺さんは私と一緒に温泉に行かないか?って言ってなかったか?
複数形じゃない・・・そんな・・・
俺とんでもないミスをやらかしたんじゃないか?

「啓太は行くと言ったぞ。
更に臣は仕事を承諾したのではないか。
何処に問題がある。」

「ありすぎです。
僕達を騙すような真似を郁がするとは思いませんでしたよ。」

「人聞きの悪い事を言うな。
私は一つとして間違った事を言ってはいないぞ。」

いけない。このままじゃ大変な事になってしまう。
俺は慌ててドアを開けて飛び込んだ。

「すみません。七条さん。俺が勘違いした所為で。」

突然飛び込んだ俺に七条さんがはっと振り向く。

「伊藤君・・・先に寮に帰って下さいと言ったではありませんか。」

いつもは俺の気配にとても敏感な七条さんが、
俺が付いて来た事にすら気付いていなかったなんて。
俺の所為で大事な西園寺さんにまでこんな風に怒らせてしまうなんて。

「あんな顔見せられたら一人で帰れる訳ないじゃあありませんか。
すみません、西園寺さん。
七条さんが一緒に行けないのならキャンセル出来ませんか?」

俺は西園寺さんに向かって頭を下げる。
お父さんの知り合いの旅館ならキャンセルしたら失礼に当たってしまうかも知れないけれど、
俺は七条さんと一緒でなければ行きたくない。

「ふっ・・・ふふっ・・くっはは・・」

突然西園寺さんが笑い出す。
西園寺さんがこんな風に声を出して笑うなんて初めて見た。

「ふふ・・・すまない。どうやら冗談が過ぎたようだ。
・・・臣。お前に頼んだ仕事は嘘だ。
単に休日の予定を空けさせたまでだ。
啓太。旅館はちゃんと三人分取ってある。」

そうだったんだ・・・よかった〜。
ホッとする俺を尻目に七条さんはまだ怒っているみたいだ。

「郁。いくらなんでも酷いのではありませんか?
僕を敵にまわしたいのですか?」

「ふっ。だから冗談が過ぎたといっているだろう。
しかも考えても見ろ臣。啓太と温泉だぞ。
しかもあそこの宿はお前も知っている通り全て個室に露天風呂付だ。」

西園寺さんは涼しい顔だ。

「全く。あなたという人は・・・まあ今回のことは水に流すとしましょう。」

流石この二人は心が通じ合ってるよな。
七条さんがこんなに怒ったりするのも珍しいし、
西園寺さんがあんなふうに笑うのも滅多に無い事だと思う。

なんだかいつまで経っても羨ましい。
チクンと胸が痛むのもいつもの事だ。別に妬いている訳じゃない。
でも心の奥が締め付けられる。
西園寺さんは大好きだ。漢らしいし綺麗だし。
いつも俺に道を示してくれる。
だけど七条さんと一緒にいるのを見るのはやっぱり心が痛む。
いつになったらなれるのかなぁ。俺ってば・・・

「伊藤君。どうしましたか?
大声を出してしまってすみませんでした。
大丈夫ですか?」

「あっ・・・大丈夫です。
・・でも七条さんがあんな大きな声を出すなんてびっくりしましたよ。」

「ふふっすみませんでした。伊藤君の事になるとつい。」

そういって七条さんは笑う。
びっくりするほど綺麗な笑顔だった。
心臓の鼓動が激しくなる。
七条さんの顔を見るだけでこんなにドキドキしてしまう。
やっぱり俺って重症だ。

「では、今度こそ本当に戻りましょうか?」

そっと肩を押され歩みを促される。

「あ・・すみませんでした。
俺が確認せずに勝手に返事をしてしまった所為で・・・。」

「いいえ。伊藤君の所為ではありません。
郁は君がそう答えると確信して答えを促しているのです。
全く困った人です。」

俺はそっと周りを見渡し
人がいないことを確認すると七条さんに抱きついた。

「七条さん。大好きです。」



そう言いながら七条さんはギュッと抱きしめてくれる。
心に巣食っていた黒い物が無くなっていくのを感じる。
俺はその腕が温かくて更にギュッと抱きつき返す。

「郁のした事は赦せませんが、
こんな風に君に甘えて貰えるのならたまにはいいかも知れませんね。」

ふふっと頭上で笑う声がする。
俺はその声を聞きながらうっとりと目を閉じた。

「さて郁にはどんなお仕置きがいいのでしょうね・・・」

ポツリと呟くように落ちてきた七条さんの言葉に俺の心臓がドキンと跳ねた。

「あ・・・あの・・まさかと思いますけれど西園寺さん相手に酷い事しないですよね?」

「おや?伊藤君は郁の味方なのですか?」

か・・顔が笑ってない・・・
どうしよう、西園寺さん。
すみません。阻止出来そうにありません。

「は・・・はは・・・そんな事ありませんよ。」

そんな俺を見て七条さんはとてもいい笑みを見せるのだ。
本当にこういう時ってイキイキしてるんだ。

でも温泉は楽しみだ。
大好きな先輩と大好きな恋人と3人で行く旅行は
一体どんな楽しい事が待っているのだろう。

「ねえ、七条さん。温泉楽しみですね。」

「ふふ。そうですね。でも伊藤君。
郁に襲われない様にして下さいね。」

そんな事ある訳無いのにワザとそんな事を言う。
でもさっき頬にキスをされた事は黙っておこう。
俺は心に決めて七条さんの唇にキスをした。










 FIN

(挿絵/Riko様 お話/シンマ)

Riko様への捧げもの。
そうしたら見て下さい。こんな素敵な挿絵を頂いちゃいました。
もうもう・・・郁ちゃんの凛々しい色っぽさと臣さんの満足気な顔にメロメロです。
Riko様は本当に美しい絵を描かれます。
いつまでもシンマの癒しでいて下さい。
本当にありがとうございました。