「ふう・・こんなところかな?」

俺は最後の書類に承認印を押し内線を取り上げる。

「ああ・・石塚。先程の書類に目を通したので取りに来てくれ。」

受話器を置き伸びをしたところで石塚が入って来る。

「和希様。本日はもう上がられますか?」

石塚も気を使ってくれているのだろう。
俺の渡した書類を確認しながら声を掛けて来る。

「そうだな。今日はもう帰ることにするよ。
急ぎの物があったらPCに送っておいてくれ。」

上着に手を掛けながら最終の指示を出し俺は会社を後にした。
運転手に自宅に帰る旨を伝え俺はようやくホッと溜め息を吐く。

啓太がBL学園を卒業したので俺は2足の草鞋生活をやめた。
おかげで仕事に集中出来る様になったのだが、
啓太と一緒にいる時間が少なくなるのも耐えられず
俺は啓太の通う大学の近くにマンションを買ったというわけだ。
啓太に同居を申し出た時は恥ずかしがりながらも嬉しそうに了解してくれた。
その時の幸せな気持ちを思い出しつい顔が緩んでしまう。

「おっとそうだ・・啓太にメール入れておかないと。」

石塚が気を使ってくれたのは今日が俺の誕生日だからだ。
きっと啓太は色々と俺の為に考えていてくれるのだろう。
今から戻ると短いメールを入れるともう頭の中は啓太のことばかりだ。

啓太がここ1週間ほどこそこそと準備をしてくれているのを俺は知っている。
何度嬉しくて口に出しそうになったことか・・
それでも俺の為に内緒で計画している啓太が可愛くてぐっと我慢をしてきた。
すると手元で携帯が振動する。
慌てて開くと短いメールが返ってきた。

[待ってる]

たったそれだけのメールで心が暖かくなった。

啓太・・愛してる・・

ようやく手に入れた俺の最愛の人。
俺は携帯を握り締め車窓から外を眺めながら啓太に思いを馳せた。

「啓太・・ただいま・・・」

声をかけながら玄関に置かれた見慣れぬ靴に嫌な予感がする。

「あ・和希・・おかえり〜。」

リビングから顔を出した啓太は楽しそうな笑顔を浮べている。
やはり・・・誰かいるんだな。

「誰か来てるのか?」

「うん。成瀬さんと七条さんが来てくれたんだ。」

何でよりによってその2人なんだよ・・・
がっくりしながら俺はリビングに踏み入る。

「おや・・おかえりなさい。お邪魔してますよ。」

「久しぶりだね。遠藤・・別に君は帰って来なくても良かったんだけどね。」

学生時代に戻ったかのような相変わらずの2人に思わず苦笑する。

「お二人ともお久しぶりです。今日はどうされたんですか?」

「久しぶりに日本に帰ってきたから西園寺の会社に寄ったんだ。
そうしたらどうしても啓太の顔を見たくなっちゃって・・
七条と一緒に会いに来たんだよ。」

そういえばスポーツ欄で成瀬の名前を見かけた。
サーキットを廻りかなり良い成績を上げているらしい。

「そういえばご活躍の様ですね。頑張って下さいよ。」

成瀬だけは俺の正体を知らない筈だ。
ここは学生モードに戻って後輩を演じておかないと・・・

「そういえば遠藤くん。今日はお誕生日だとうかがいましたが・・」

ちっ・・七条の嫌な笑いが気になる。
どうせ年を誤魔化しているとか思ってるんだろう。
しかしここは上手く話を持っていくしかないだろう。

「ええ・・今日が誕生日ですよ。七条さん。」

だから早く帰れ・・・読めよ。この空気を・・・
必死に送った念力も七条には効かないようだ。

「だから皆でパーティーしようって話になったんだ。」

おい・・啓太・・それはないだろう?
2人っきりの誕生日を楽しみに無理に仕事を終わらせてきた俺の立場は・・・

「それはどうもありがとうございます・・・」

少し凹み気味の俺に啓太がそっと声を掛けて来る。

「ごめん・・和希。折角言ってくれてるから・・・」

「いいよ。お前がいてくれれば俺はそれで良いんだから。」

決して啓太の所為ではないしこの2人も何処まで本気だか分からないが
一応祝ってくれるというのだ邪険にするのもおかしいだろう。
そういえば・・・
こんな風に誕生日を友達に祝ってもらった事など
あの学園に入るまでなかった事に今気付いた。
自分が本当に通っていた学校は皆俺と同じ立場の子供が多く
小さい頃から帝王学を教え込まれてきた。
それ故に同級生は皆ライバルであり蹴落とすべき相手でもあった。
留学先でもパーティーといえば財界の顔つなぎばかりで
友人と仲良く・・等と言うのは本当になかった。
そうか・・これも啓太と共に手に入れた物なんだ。
ふっと笑むと啓太が目を丸くする。

「どうしたんだ?啓太。」

「いや・・だって和希もっと怒るかと思って・・」

気まずそうに俯く啓太の顎を取り目を合わせる。

「大丈夫だよ。
それに啓太が思ってる程、俺はあの人たちを嫌ってないよ。
それに俺は大人だしね?」

冗談めかして言うと空色の瞳が嬉しそうに笑む。

「あ・・ねえ。和希・・
お誕生日ケーキのろうそくは一体何本立てればいいの?」

またその攻撃か・・・しかし今日の俺にはとっておきの秘策がある。

「だって成瀬さんがいるんだぞ。
あの人俺の事知らないんだから啓太と同い年にしなくちゃダメじゃないか。」

「あ・・そっか・・・」

今気が付いた。といわんばかりの啓太の顔が可愛くて思わず唇にキスをする。

「んっ・・・」

小さく喘ぐ唇が愛しくて離れ難くなっていると後ろから咳払いが聞こえる。

「まったく・・・やってられないよ・・遠藤。
少しは場所を弁えて欲しいね。」

真っ赤になった啓太の顔を見せたくなくて
自分の胸に抱き込んだまま、
文句を言ってくる成瀬に言い返す。

「まさか貴方の口からそんな言葉が出てくるとは思いませんでしたよ。
学生時代それこそ場所も弁えず啓太を追い回していたのはどなたでしたかね?」

「そうだね。俺も若かったのさ。なんてね。
今でも啓太のことは諦めてなんていないけど。」

そう言いながら器用にウインクをする成瀬は流石だと思う。

「ちょ・・和希・・もう放せよ・・」

真っ赤な顔のまま両手を突っぱね腕から逃れようとする啓太を
がっちりとホールドすると見せ付けるように額に口付ける。

「もう・・」

と小さな声で文句を言いながらも大人しく腕に収まる啓太が愛しい。

「まったく・・俺達の前で見せ付けるのは勘弁して欲しいね。
啓太もいつまでもそんな所にいないでこっちに戻っておいで。」

成瀬の言葉にはっと顔を上げた啓太は俺をそっと見上げて腕から逃れる。
その時の顔が少し名残惜しそうに見えたのは俺の気のせいではない筈だ。

「そういえば和希。
ケーキは成瀬さんが作ってくれたんだ。すっごく素敵なんだよ。」

「へ〜。そういえば成瀬さん昔っから料理お上手でしたよね。
よく啓太にお弁当を作ってましたっけ。」

ほんの数年前の記憶なのに何だか懐かしい。

「成瀬君には僕も良くケーキを焼いて頂きました。成瀬君は器用ですね。」

七条も懐かしそうに目を細める。
やはり学生時代と全くといっていいほど生活スタイルが変ってしまっているのだろう。
七条は西園寺が興した会社を2人で運営している。
それぞれが己の道を歩いている。数年といえど彼らにとっては大きな変化なのだ。
しみじみ思っていると啓太がキッチンから戻ってくる。

「とりあえずご飯にしましょうか?
和希!俺今日ハンバーグ作ったんだ。」

啓太が持ってきたお皿には大きな手作りハンバーグ。
いかにも手作りらしいその不恰好さに笑みが洩れる。

「ありがとう。啓太。嬉しいよ。」

俺の言葉にそれこそ啓太の方が嬉しそうに微笑んでくれる。
2人っきりもいいけれどこんな風に皆で食べるのもたまにはいいよな。
俺はそんな風に考えながら啓太のハンバーグを食べる。

この幸せも啓太がくれたものだ。
啓太は俺の人生に幸せを与えてくれた。
それまでが不幸せだった訳ではない。
むしろ恵まれた環境だったはずだ。
それでも今俺がこうして頑張れているのは啓太と出会えたからだ。
あの日幼い啓太が俺に声を掛けてこなければ、
俺の人生はもっとつまらない物になっていた事だろう。
そんな事を考えていた俺はどうやら啓太をじっくりと見すぎていたらしい。

「成瀬君。そろそろお暇しましょうか。
どうやら僕達はお邪魔なようですから。」

七条の声にはっと我に返ると啓太の顔は真っ赤だ。
俺が見つめているのを当然気付いていたのだろう。

「そうだねえ・・所謂新婚さんだからね。あまり長居をするのも悪いね。」

「そ・・そんな・・成瀬さん・・七条さんも。からかわないで下さいよ!」

抗議をする啓太が余りに可愛くて後ろから抱きしめる。

「まったく・・・そんな事ばかりしていると啓太に嫌われるよ。」

成瀬のからかいなど気にするもんか。
抵抗する啓太をだきしめたまま成瀬に反撃する。

「ご心配なく。啓太は俺のことが大好きですから。」

すると明らかにむっとした顔をする成瀬はまだまだ子供だと思う。

「ふ〜ん。ところで・・・遠藤は今日でいくつになったの?」

何を言われたか分からず呆然とする。
思わず啓太の顔を見ると啓太も呆然としている。
という事は啓太が言った訳ではなさそうだ。
・・となると原因はただ一人・・・

「七条さん・・・・・?」

「おや?何ですか?僕は何も言っていませんよ。
ご自分の責任ではないのですか?」

どういう意味だ。このガキ!
にらみつける俺を尻目に成瀬がのうのうと言う。

「さて・・七条。帰ろうか?
ここで当てられ続けるのもなんだしね。
あ・・七条の名誉の為に言っておくけど別に七条から聞いた訳じゃないよ。」

「じゃあ・・なんでですか?成瀬さん。」

うっかり素の自分が出てしまったようだが気にしている場合じゃない。
「だって・・・表札鈴菱になってるじゃないか。
学生時代どうも理事長の声に聞き覚えがあると思ってたんだよね。
やっぱり遠藤だったんだ。」

しまった!表札か。迂闊だった・・・

「で?遠藤・・いや理事長はおいくつなんですか?
まさか啓太と同い年じゃないよね?」

たたみ込まれてぐっと詰まった俺を尻目に2人は出て行く。

「それじゃあ。啓太またね。・・理事長もお仕事頑張って下さいよ。」

「では伊藤くん。また。」

ばたんと閉まったドアを見詰めながら腕の中の啓太にぐったりともたれかかる。

「和希・・・ばれちゃってたね。」

「そうだな・・俺としたことがうっかりしてたよ。」

は〜っと溜め息をつくと腕の中の啓太がくるりと向き直る。

「ま・・いいじゃん。もうあの人たちにばれたって・・
それより・・お誕生日おめでとう。
言い遅れてごめん。」

そう言って少し伸びをした啓太が俺の唇に触れるだけのキスをする。

「ありがとう・・啓太。嬉しいよ。」

誕生日を祝って貰えて嬉しい。
これも啓太がくれた幸せの一つ。

お前が俺にくれる幸せの一つ一つをお前にも与えられたらいいと思う。
こればっかりはいくつになっても思い通りにいかないけれど。


ありがとうの言葉に代えて、俺は啓太の口唇を塞いだ。





 FIN

和希お誕生日おめでとうSS(ちっとも祝ってないと思うのは気のせいです。)
れんちゃんに捧げます。
キリ番を踏んだのに気を使って七啓でと言ってくれる貴方が大好きです。
でも折角だかられんちゃんの大好きな和啓をプレゼント。
ちっともリクとあってないと思ってもそこは気付かないふりでお願いします。(おいおい!)