あの時、どうして俺は迷ったりしたんだろう。
心では彼と一緒に居ると決めていた筈だったのに・・・
あの時・・・一瞬でもためらわなければ・・・・
きっと彼は俺を連れて行ってくれた筈なのに。
後悔で胸が締めつけられる。

今更悔やんでも遅すぎる。
きっと目を開けたら彼はもういない・・・
俺以外の全ての人の記憶を消して・・・
俺の届かないところへ行ってしまったのだろう。


「お・・・みさ・・ん。」

ようやく言葉が出る。
もっともっと呼んでいたかったその名前。

“啓太君・・・”

何処かで彼が俺を呼んでいる。
もっと俺の名前を呼んで・・・
そこまでたどり着くから・・・
貴方が俺を捨ててしまっても、俺は諦めない。





そうだ。諦めたりしない。
彼が呼んでくれる限り俺は絶対諦めない。
今度こそ・・・手を離したりしない・・・

「臣・・さん・・・・・・臣さん。」

・・君・・・た君・・

呼ばれてる・・行かなくちゃ・・・







突然、目の前に手を差し伸べられる。
今度こそ迷わない。
俺は目の前の手を無我夢中でつかむ。
掴まえた。
もう二度と離さない。

温もりが手に伝わってくる。
良かった・・・もう・・離さない・・・

「臣さん・・・」

涙でぐちゃぐちゃになりながら俺は目の前の彼に抱きつく。

「大丈夫ですか?・・・そんなに泣いて・・・一体何があったのですか?」

何がって・・・
目の前に心配そうな紫の瞳。
俺を抱き寄せた腕にギュッと力がこもる。

「行かないで・・・臣さん・・俺を離したりしないで・・・」

俺はその腕の力にホッとしながらも更に縋りつき訴えた。

「どうしたのです。伊藤君。
僕が君を手放したりする訳無いではありませんか・・・
恐い夢でも見たのですか?」






・・・夢?・・・・・

・・・ゆめ?・・・・・

・・え?・・・何??

俺は訳が分からず混乱する。

そ・・ういえば・・羽根が無い・・・

・・・って・・ゆめぇ????






「あ・・の・・あれ?・・ゆめ・・って」

「どうしたのですか?伊藤君。大丈夫ですか?そんなに恐い夢だったのですか?」

うん・・・確かに恐かった・・というより切なかった。

あまりにリアルだった所為か何処から何処までが夢なのか分からず呆然とする。
えっと・・・そうだ。
確か七条さんの誕生日をお祝いしたくて前日の夜から七条さんの部屋に行って・・・

・・・って今何時??

「そうだ。今何時ですか?」

「えっ?今ですか?11時47分ですね。一体何があったのです。」

良かった・・まだ七条さんの誕生日になってない。
そうだ・・俺、七条さんの部屋で映画見ていたんだった。
そうか・・その途中で寝ちゃったんだ。
うわっ恥ずかしい。

段々意識がはっきりしてきて顔が赤くなってしまう。
夢見て泣くなんて子供みたいだ。

「伊藤君?」

もう1度呼ばれて慌てて顔を上げる。

「すみません。俺・・・夢見てたみたいです。」

「その様ですね。あんなに泣いて・・・
何か僕が君に酷い事をしてしまったのでしょうか?」

そっと頬を拭われる。
俺はまだ涙を流していたんだ。
全然気付いてなかった。

「そんな事はないんですけど・・何だか不思議な夢でした。」

俺は今見た夢を七条さんに話しだした。
途中で臣さんが俺を置いていってしまった所では
やっぱり悲しくて涙が出そうになってしまった。
すると七条さんは俺をぎゅっと抱きしめてくれる。
それに励まされて俺はまた話を続けた。






全部聞き終わった所で七条さんはふふっと笑う。
俺は笑う様な話をした覚えはないのに・・
それどころかこんなに切なかったのに・・

「七条さん。俺・・・悲しかったんですよ。
そんな風に笑わないで下さいよ。」

何だか恥ずかしくってちょっと拗ねてみる。

「ふふっだって伊藤君が余りに素直で可愛いものですから・・・」

「だって・・・仕方がないじゃありませんか・・・
ホントに・・リアルだったんです。」

すると抱きしめられたままチュッとおでこにキスをされる。

「大丈夫ですよ。
本当の僕は何があっても君を手放したりしません。
君が嫌がっても連れて行ってしまいますよ。
僕は君と離れたら生きてはいけませんからね。」

抱きしめる腕が温かい。
七条さんの腕の中で俺は大きく溜め息を付いた。

「あ〜あ・・それにしても・・
どうして俺あんな夢見ちゃったのかなぁ。
もう・・・恥ずかしいなぁ。」

「ふふっ可愛かったですよ。
沢山、僕のことを呼んでくれていましたからね。
あんまり君が可愛いので欲情してしまいました。
ねぇ・・・伊藤君。
君を・・・抱いてもいいですか?」

直接的な物言いに顔が真っ赤になるのが分かる。
でも・・・俺も七条さんと一つになりたい。

はい・・と返事をしようとした瞬間に
俺のケータイのアラームがピピピッと鳴った。

慌てて七条さんから離れて携帯をオフにする。
これからの時間は誰にも邪魔をされたくない。

「七条さん。
お誕生日おめでとうございます。
俺、七条さんと出会えて幸せです。
七条さんが生まれたこの日がとても大切です。
これからもずっと一緒にお祝いさせて下さい。
ずっと一緒に歩いていきたいです。」

心からの言葉を告げる。

0時丁度にセットしたアラーム。
誰よりも先にこの言葉を大好きな人に伝えたかった。

すると七条さんはそっと目を閉じる。

「ありがとうございます。
とても・・・とても幸せです。
僕は今まで誕生日というものを重要だと思ったことがありませんでした。
でも・・君がそう言って下さるととても大切な日に思えてきました。
僕からこそお願いします。
ずっと一緒にいて下さい。絶対に離してあげません。
たとえ君が僕の事を要らなくなってしまっても・・・
絶対に離してあげることは出来ないと思います。」

「俺は・・・要らなくなったりしません。
だから・・お願いです。
そんな事を言わないで下さい。
愛してます。臣さん。」

わざと呼び名を変えて告げる。
俺の望みは聡い七条さんにはすぐに分かるはずだ。

「ふふっ啓太君はいけない子ですね。
僕を誘惑しているのですか?」

分かっているなら早く来て欲しい。
こんなにも貪欲な俺をそれでも欲しいと思ってくれる七条さん。
絶対に離してあげない。

七条さんは俺の事を純粋だとか素直だとか言うけれど、
俺は自分が純粋だとは思わない。
例えば七条さんが他の人に心を移してしまったとしたら、
俺は七条さんの為を思って身を引く・・・なんてことは多分出来ない。
絶対追いかけて縋ってでも俺の所に帰ってきてと願うはずだ。
何があっても七条さんだけは誰にも渡したくない。

「来て・・・下さい・・臣さん・・」

「全く・・・君と言う人は・・・」

苦しいくらいの抱擁。
この息苦しさに幸せを感じる。

「ねえ・・・啓太君。
君が何度も僕の名前を呼ぶので、僕はもうさっきから限界なのです。
これ以上煽らないで下さい。
このままでは君に酷い事をしてしまいそうです。」

「いいですよ。
臣さんだったら何をしても・・・
俺は貴方のものですから。」

唇が重なる・・・
柔らかい口付けが段々と深くなる。

「ん・・・は・・ぁ・・」

零れた吐息すら奪われるほどの口付けに愛しさがこみ上げる。

「んんっ・・はっ・・・」

頭が熱く・・・白くなって行く。
もう考える事すら出来なくなってしまう。

「啓太君は・・本当に可愛いですね。
君がさっき話してくれた夢の内容は一緒に見ていた映画のお話とそっくりですよ。」

口付けの合間に告げられた言葉に頭が付いていかない。

「えっ?・・何ですか?」

夢心地に尋ねる。
七条さんの言葉がちゃんと理解出来ない。

「いいのですよ。君はこのままで・・・
僕の腕の中にいて下さい。
愛していますよ。啓太君。」

「俺も・・・愛・・してます。臣さん・・」

いつまでも一緒にお誕生日を祝いたいと願う。
この特別な日を・・・貴方と一緒に過ごしたいと思う。





HAPPY BIRTHDAY TO YOU









 FIN

っておい!夢オチかよ?って感じですが・・・
すみません・・赦してください。(土下座)
だってこのままじゃあ切ない終わりになっちゃうんだもん。(だもんじゃねえ!)
折角のお誕生日なのでハッピーにしてあげたかったんですぅ。
ホントすみません。orz