「あの・・・七条さん・・・まさかあれに並ぶんですか?」

迷いなく歩を進める七条さんの目的が目の前の行列にあると気付いて俺は思わず隣の長身を見上げた。
すると彼はアメジストの目を細め俺を見下ろす。

「いいえ。伊藤君と並ぶのならばそれも楽しそうですが今日はもう予約がしてあるんです。
心配しなくても大丈夫ですよ。」

その言葉を聞いて俺はほっと胸をなでおろす。
長い時間並ぶのもいやだけれど一番嫌なのは列の90%が女性という事だ。
そして残りの10%の男性もカップルの相方で皆一様に居心地が悪そうだ。
そんな中に男2人で並ぶのなんてちょっとぞっとする。
その上七条さんカッコいいもんな・・・整った顔にあの身長だし・・・目立って仕方が無いよ。
一緒に並ぶ俺が恥ずかしいとワザと思って見るけれど
本当は自分の恋人に向けられる女の子達の視線が気に入らないんだ。

これは嫉妬だ・・・
別に七条さんが他の女の子に心を移してしまうなんて思ったりしないけれど嫌なものはイヤなんだ。

「ふふ・・どうしたんですか?そんなにじっと見て・・こんな所で僕を誘っているんですか?」

「さ・・・誘ってなんていません。」

慌てて否定をすれば恋人は左眉を下げて少し困った顔をする。

「おや?そう言い切られてしまうのも何だか寂しいものですね。
とりあえず伊藤君は此処で待っていて頂けますか?
多分店内も凄い人でしょうから。」

「あっじゃあその荷物此処へ置いていって下さい。俺、見てますから。」

足元に置かれた大量の荷物。
今七条さんが向かったケーキ屋さんが最後の買い物だ。

ホントいっぱい買ったよな。荷物の脇にしゃがみこみ袋の数々を眺める。
今から俺と七条さんは西園寺さんに借りた軽井沢の別荘に行くのだ。
連休の4日間そこで過ごさないですか?と七条さんに言われたとき俺は嬉しくて胸が詰まりそうだった。

「へへっこれからずっと七条さんと一緒に過ごせるんだ。」

呟いた途端に何だか自分で恥ずかしくなってきて膝に顔を埋める。
俺、今凄くニヤニヤしてたよな。誰かに見られてないよね。
別荘は山の上で車がないと出歩くのが不便だからと4日分の食料を買い込んだ。

つまりはずっと2人っきりって事で・・・って事はつまり・・・
わわっ俺何考えてるんだよ。
真っ赤になって更に俯いたところで急に声を掛けられてびっくりした。

「伊藤君。大丈夫ですか?気分でも悪いのでしょうか?」

俺が顔を上げると七条さんの心配そうな顔があった。

「だ・・大丈夫です。何でもありませんから・・・」

「でも顔が赤いですよ。本当に大丈夫ですか?」

俺は慌てて立ち上がり両手を身体の前でぶんぶんと振る。

「いえっ本当に平気です。」

「本当ですか?無理はしないで下さいね。
大丈夫なようならそろそろ行きましょう。
では伊藤君はこれを持って頂けますか?」

渡されたのは今七条さんが買ってきたケーキの箱1つ。
そのほかの荷物をひょいっと持ち上げるとエスコートするみたいに自然に俺に歩みを促す。
こういう動作を凄く自然に出来てしまう七条さんってやっぱりカッコいいと思う。

「あっ七条さん。俺もっと持ちますよ。」

「大丈夫です。
毎回言いますが僕は結構力持ちなんですよ。
それにケーキは持ち運びが難しいですからね。
伊藤君はケーキに集中して下さい。」

そんな事を言われると凄くこのケーキが崩れやすい物のように思えてきた。

「解かりました。それじゃあ俺はこれが崩れたりしないように集中しますね。」

ふふっと笑いながら七条さんは俺の耳に唇を寄せ小さく呟く。

「ええ・・・そのケーキは僕達にとって大きな意味を持ちますから大切に扱ってくださいね。」

含みを持たせた言い方に思わず

「え?どういう事ですか?」

と尋ねれば相変わらずの笑顔で

「ふふっナイショです。」

と言われてしまった。
何だか腑に落ちないながらも俺はケーキ運びの任務を遂行する事にした。








「七条さん。ご馳走様でした。美味しくって俺食べすぎちゃいました。」

「いいえ。お口にあったのなら嬉しいです。沢山食べて貰えると作り甲斐がありますね。」

夕方に着いた別荘は本当に山の中でびっくりした。
何もないがそれが返って落ち着くんだ。と言っていた西園寺さんの気持ちが良く解かる。
高い山の中にある所為か夕方にはもうかなり寒い。
俺が身体を震わせていると七条さんが暖炉に火を入れてくれた。

「今日は僕が夕食を作りますから伊藤君はそこで温まっていて下さい。」

って七条さんお料理も出来るんだ。
凄いな〜なんて思っていると俺の表情を読んだのだろう。

「僕は小さい頃から1人でしたからね。
一通りの事は出来ますよ。
まあそんな手の込んだものを作るわけではありませんから。」

俺のために作ってくれるんだと思ったら嬉しくて少しは手伝わせて下さい。
と言ってお皿を出してみたり七条さんの隣に行って鍋を覗き込んでみたりした。

いつか俺も七条さんにご飯作ってあげたいな。
そうだ!今度実家に帰ったら母さんに教えて貰おうっと。

そして本当に美味しかった。
七条さんが作ってくれたのはドライトマトとアンチョビのパスタと
ホタテといんげんのジェノベーゼソースがけと野菜のスープだった。

人間って美味しいもの食べると幸せになるよな。
しかも大好きな人が自分の為にしてくれるなんてもっと幸せ。
ふにゃふにゃに溶けそうな頭で考えていると七条さんがお皿を持って立ち上がった。

「あっ七条さん。片付けくらい俺がやりますよ。」

すると七条さんは笑って

「いいですよ。伊藤君はお誕生日で今回は主役なんですからゆっくりしていて下さい。」

と言われてしまった。いくらなんでも俺甘やかされ過ぎだよな。

「じゃあ一緒にやりませんか?2人のほうが早く終わりますよね。」

俺の提案に七条さんは嬉しそうに微笑んでくれる。

「そうですね。では一緒にやりましょう。
そうしたらその後買ってきたケーキを食べましょうね。
伊藤君のお誕生日の当日に出来ないのは残念ですが
折角なら美味しいうちに頂いた方がいいですからね。」

「そういえばあのお店凄い人気でしたね。
しかも女の子とカップルばっかり。そんなに美味しいお店なんですか?」

俺がお皿を拭きながら尋ねると銀の髪の恋人はふふっと笑う。

「僕も食べるのは初めてですがあそこのケーキは恋愛成就に聞くと今大人気なんです。」

「恋愛成就・・・ですか?」

「はい。好きな相手とケーキを食べてその夜コトに及ぶとその2人は赤い糸で結ばれるらしいですよ。」

コトに及ぶって・・・つまり・・アレだよね?

「それであんなに女性やカップルに人気だったんですね。」

「ですので僕もあやかってみようかと・・・
伊藤君とだったら赤い糸で結ばれてみたいですね。」

「もう・・・そんな事ばっかり言わないで下さい。」

ちょっと拗ねて見せながらも俺は凄く嬉しかった。
だって俺も・・・七条さんとだったら赤い糸で結ばれたいと思ったから・・・
だから次の日あんな事が起こるなんて俺はちっとも考えていなかった。


思った以上にケーキは美味しくてそのままクリームと一緒に俺も七条さんに食べられて・・・
明け方近くまでとろとろに溶かされたバターみたいになった身体を愛されて・・・
気を失うようにして眠りについた時にはもう鳥の声が聞こえていた気がした。





「んっ・・・」

暖かい胸に抱きこまれてああ・・七条さんの腕の中にいるんだ・・
と覚醒しきらない頭で考える。

「おはようございます。伊藤君。とはいってももうお昼を過ぎていますけどね。」

柔らかい恋人の声。やっぱり俺七条さんの声大好きだ。

「おはようございます。すみません。寝坊しちゃいましたか?」

「いいえ。元はと言えば君をなかなか寝かせてあげられなかった僕の責任ですから。
ところで伊藤君。実はちょっと変わった出来事があるんですけれども・・・」

「何ですか?七条さん。」

あくびをかみ殺しながら聞いてみる。身体が甘くだるくてまだ眠い。

「これを見て下さい。」

そういいながら俺を腕枕した左手の手のひらを目の前に出す。
小指にはまった赤い糸。

寝ぼけた頭をフル稼働して考える。ああ昨日のケーキの話か・・・
という事は。と思って自分の両手を目の前に出してみる。
やっぱり右手の小指に赤い糸。

「ふふっ七条さん。いつの間にこんなの結んだんですか?」

普段大人の恋人の子供っぽいいたずらに思わず笑いが漏れる。
俺が寝ている間に七条さんが糸を結んでいる姿を想像してちょっと可愛いなと思う。

「ところが伊藤君。これは僕が結んだものではないのです。
僕も朝起きて伊藤君が昨日のやり取りの後思いついてやってくれたのかとも思ったのですが・・
その様子だとやはり違うようですね。」

え?俺にそんな余裕があるはず無いし・・・

「では、やはり噂は本当だったのですね。僕と伊藤君は心から愛し合っていると言う証拠ですね。」

「えええっ?また七条さんからかわないで下さいよ。いつもそうやって俺の事騙すんですから。」

いくら何でもそんな事で騙されないぞ。俺は右手にギュッとこぶしを握る。

「でも・・・結び目が解けないのです。それに僕は片手でこれを結べる程器用ではありませんよ。」

そういわれて慌てて結び目を引っ張ってみる。
確かに単なる蝶々結びなのに解ける様子が無い。

「まあ単に糸なのですから切ってしまえば良いことなのでしょうが・・・
流石に赤い糸を自分の手で切る事は出来ません。
ですので暫くこのままでいませんか?
時間はありますからその間にこれを解く方法を探して見ます。」

七条さんの腕の中から抜け出し2人を繋ぐ糸を見てみる。
俺の右手の小指と七条さんの左手の小指。そこに紛れも無く1本の糸。
引っ張ってみると1mくらいの長さがある。

「俺だって切るのはイヤです。
これだけの長さがあれば大丈夫ですね。
じゃあ七条さんはこれを解く方法を探してください。」

すると突然強い力で抱きしめられた。
七条さんの腕の中はとても安心する。

「分かりました。ではまず朝食を作りましょう。その後色々調べてみますね。」

「でも・・・七条さん・・」

ベッドから降りようとした七条さんに声を掛ける。

「何ですか?伊藤君。」

「あの・・・このままだと・・服が・・着られないんですけど。」

昨夜愛し合ったまま眠ってしまったから2人共素っ裸だ。
すると恋人の背中に黒い羽根。あれ?

「いいじゃあないですか。暖炉もついていますし寒くは無いでしょう?」

「そ・・・それは・・確かに寒くは無いですけど・・は・・恥ずかしいです。」

流石に2人でまっぱで歩き回るのは嫌だよ。俺・・
見られるのも恥ずかしいしこっちも何処を見たらいいかわからない。

「ふふっでは下だけ穿きましょうか。上は我慢して下さい。」

仕方が無いから下着とGパンだけ身につける。
そして同じ様に身支度をした七条さんを見て思わず溜息をつく。
こうやってGパンだけはいてるとよく分かる。足・・・長いよな〜。

「ふふっそんなに見つめないで下さい。じゃあトーストを焼きますから一緒に来て下さい。」






それからは不思議な時間が流れた。
七条さんはネットで色々調べ始めて・・
最初は一緒に覗き込んでいたのだけれど
七条さんが海外のサイトへアクセスしだしてからは何の事か分からず
隣に座って夕食用のジャガイモの皮むきをしたりした。

室内はとても静かで・・・
七条さんが時折叩くキーボードの音と壁掛けの時計が刻む時の音だけが響く。
何も話さなくても満たされる想い。
運命の赤い糸で結ばれているからだろうか?
こうしてとても静かに・・でも心地よい時間が過ぎて行ったのだけれど1つだけ困った事があった。

それはトイレだ。
一緒についてきて貰ってドア越しに糸を張るとギリギリの長さになってしまって色々不自由だ。
一緒に入りましょうか?と言われて慌てて断ったけれど
ドアのすぐ前で七条さんがいると思うと居たたまれない気持ちになってしまう。
もちろん逆だって落ち着かない。
あまりに恥ずかしいので水分を控えようと思ったほどだ。
夕食も無事に終え2人でお風呂に入った。
昨夜だって一緒に入ったけど糸1本あるだけで色々と勝手が違う。
だって切れてしまうのは嫌だったから・・・


啓太のお誕生日なのにあんまり祝われていない感じです。
でも甘あまで行きますよ。
七啓はベタ甘が一番ですから♪