「本当にすみませんでした。七条さん。」

大通りを駅に向かって歩きながら俺は今日何度目かの謝罪をする。

「伊藤君。僕は本当に嬉しかったんですよ。ですから謝らないで下さい。
僕の方が感謝しなくてはいけないくらいです。
僕の言い出した我儘ですから。ありがとうございました。」

紫の瞳を細めふふっと笑う恋人の顔に思わず見惚れる。
未だに恋人の顔に見惚れる俺って一体?
そりゃあ毎日見てる俺がうっとりしちゃうんだから仕方が無い事だと思うんだけどさ。

実は今俺の実家から寮へ帰る所なんだ。
年越しを七条さんの横浜のマンションで過ごした俺は今日一度実家に寄り、
荷物を取りに戻ってそのまま寮に行く予定だった。
一緒にマンションを出て一足先に寮に帰っている予定だった七条さんが
彼の言うところの我儘を言い出したのはJRの駅での事だった。

「一度伊藤君のご家族にお会いしたいんです。
君をこんなに素敵に育ててくださったご両親に新年のご挨拶をさせて頂けませんか?」

にっこりと微笑まれてしまえば俺が嫌と言える訳が無くて・・・





会った途端に母は硬直し言葉も出ない様だった。
妹に至っては本人を目の前に

「うっそ〜めっちゃカッコいい〜!!!」

と大声で叫ぶほどだった。
唯一まともに挨拶をしてくれた父さんも
七条さんの高校生とは思えない落ち着いた挨拶にとても感動しているように見えた。

其処までは良かった。
俺も七条さんが楽しそうだな。と思って嬉しかったんだ。
だから七条さんに応接間にいて貰ってその間に荷物をまとめに自分の部屋に行った。
そして俺が応接間に戻ると妹が七条さんを質問攻めにしていた。
彼女はいるのか?とか俺に恋人が出来たか?とか・・・

「朋子!何聞いてるんだよ。七条さんが困ってるだろ!」

慌てて部屋に飛び込むと妹がチッと舌を鳴らす。

「残念。もう少しで聞きだせる所だったのに。」

七条さんの事だからきっと上手く誤魔化してくれただろうけど、俺の心は随分動揺した。
そんな俺を見てふふっと笑う七条さんを急かして俺は家を出た。
父さんにも母さんにももっとゆっくりしていけ。と言われたけどそんな余裕無いよ。






「あっ七条さん。俺ちょっと買い物して行きたいんですけどいいですか?」

「構いませんよ。今日は何のお買い物ですか?」

七条さんは自分の小ぶりのボストンバッグと俺のかばんまで持ってくれてる。
これ以上時間がかかると重いかな?と思って聞いた言葉は事もなさげに返された。

「あの元旦に篠宮さんがお誕生日だったんでメールを送ったじゃないですか。
そうしたら少し風邪気味で調子が悪いって言ってたから
プレゼント代わりに栄養ドリンクとかのど飴とか買っていこうかなって・・・
あまりプレゼントっぽくないですけど篠宮さんが喜ぶ物ってよく分からないし・・・
今受験勉強も大変だろうから。」

「ああ。それはいいですね。あの方も手を抜くと言う事を知らない人ですからね。」

そういいながら七条さんは何か面白いことを思い出したかのようにふふっと笑う。

「では、僕はケーキでも買って行く事にしましょう。
僕からのプレゼントを受け取ったと知ったらあの人はどう出るでしょうね?」

受け取ったと知ったらあの人はどう出る?

「どういう意味ですか?」

「ふふっナイショです。」

もうっと唇を尖らせると急に腰を引き寄せられる。
慌てて大きな手を振り払い辺りを見回す。

「もうっ。こんな所でやめて下さい。」

赤くなった頬を押さえながら抗議すると目の前に見惚れるほどの整った笑顔。

「はい、すみません。もうしません。それではお買い物に行きましょうか?」







結局ドラッグストアで栄養ドリンクとのど飴、風邪薬etcを買い込み
その後良く行くお店でパフェを食べて(篠宮さんへのケーキもここで買った。)
寮に着いた頃にはとっぷりと日が暮れていた。

それぞれの部屋に荷物を置いて篠宮さんの部屋の前に立つ。
プレゼントを渡すためと帰寮の報告をするためだ。
七条さんがどうぞ。と促すので俺がドアをノックする。
すると中から”誰だ”と言う声が聞こえる。

「篠宮さん。伊藤です。」

「と七条です。」

横から七条さんが声を掛ける。なんとなくおかしくてふっと笑ってしまった。

程なくドアが開き篠宮さんが顔を覗かせる。

「伊藤。七条。帰ってきたのか?」

「はい。篠宮さん。あけましておめでとうございます。
それからお誕生日おめでとうございます。ちょっと遅くなっちゃったけどこれプレゼントです。」

手に持っていたプレゼントを差し出す。

「伊藤・・・」

篠宮さんは少し驚いたみたいだった。
俺が差し出した袋に手が掛かるまで暫くかかった。

「篠宮さん。これは僕からです。」

俺の後ろから肩越しに七条さんがケーキの箱を差し出す。
まるで後ろから抱きしめられているような格好になってしまって俺はちょっと慌てる。
すると更に驚いた顔をしていた篠宮さんがふいに苦笑する。

「わかった、七条。そう牽制するな。・・・伊藤もありがとう。とりあえず入ったらどうだ?」

牽制?何のことだろ・・・

「あっでも篠宮さん勉強お忙しいんじゃあないですか?」

「いや、丁度休憩しようと思っていた所だ。それに卓人もいるぞ。」

チラリと肩越しに七条さんを見上げる。こくん、と頷く瞳を見て答える。

「じゃあちょっとだけお邪魔します。」

「啓太。七条・・・」


中に入るとソファの端っこに腰掛けた岩井さんに声を掛けられた。
「あっ岩井さん。あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。」

「ああ・・・おめでとう・・・七条も・・・」

言いながら岩井さんはベッドに移動して俺たちにソファを譲ってくれた。
その時岩井さんがスケッチブックを手にしているのを見つけて聞いてみる。

「岩井さん・・・篠宮さんを描いてたんですか?」

「ああ・・・篠宮が勉強しているところを何枚か・・・」

勉強してる所?流石篠宮さん。俺だったら気になって勉強どころじゃあないよ。

「篠宮は・・・姿勢がいいから・・・」

確かに弓道やってるだけあって背筋がいつでも伸びてるよな・・・
でもそれを言ったら七条さんだって・・・
チラリと横を見る。すると俺の視線に気付いた恋人がふふっと笑う

「そうだな・・・そういえば七条も姿勢がいいな・・
今度時間があるときに描かせてくれ。」

「ええ。構いませんよ。いつでもどうぞ。」

その答えを聞いて岩井さんが穏やかに微笑む。
去年までは儚く見えた岩井さんの微笑み。今日は幸せそうに見えてちょっと嬉しい。

「おい。伊藤これはなんだ?」

お茶を出してくれた後俺が渡した袋の中身を見た篠宮さんが不思議そうな声を出す。
そりゃあそうだろう。誕生日のプレゼントが栄養ドリンクとのど飴と風邪薬じゃあね。

「あ。すみません。元旦にメール送ったときに篠宮さん風邪気味だって言ってたんで。
勉強も大変なのに風邪ひいちゃいけないと思って・・・やっぱり変でしたね?すみません。」

「いや、そんな事は無い。伊藤はそんな些細なことを覚えていてくれたんだな。
ありがとう、遠慮なく頂くぞ。」

本当に嬉しそうに言われてこっちまで嬉しい。

「七条からはケーキか。折角だから今皆で頂こう。伊藤、お皿を持ってきてくれないか?」

「はい。分かりました。」

立ち上がってお皿とフォークを取ってくる。
戻り掛けた時ベッドに腰かけている岩井さんがじっと七条さんを見つめているのに気が付いた。
チリッと胸の奥で何かが焦げたような気がした。
何だろう?と思う間もなくそれはどこかへ消えてしまっていた。

「伊藤君?」

なんだか良く分からない感覚を追っていた俺は
その場に立ち竦んでいたことに気付きはっと我に返った。

「あっすみません。ぼんやりしちゃって・・これでいいですか?」

持ってきたお皿を篠宮さんに渡し、七条さんの隣の席に戻る。

「ああそれでいい。お前たちはどれがいい?」

箱をあけて篠宮さんが中身をこちらに見せてくれる。

「え?でも篠宮さんのお誕生日なんですから先に選んで下さい。」

「いや。本当に俺はどれでもいい。
お前達は随分と甘いものが好きらしいからこだわりもあるのだろう。好きなのを選んでくれ。」

そう言われてしまうと自然に好みの物に目が行ってしまう。

「啓太は・・・苺が好きなのか?」

「ええ?なんで解ったんですか?」

びっくりした。岩井さん俺の好きな物なんて知ってたのか?

「さっきから目が苺に釘付けだ。」

あれ?そんなに見てたかな・・・

「じゃあ伊藤は苺のを食べたらいい。七条はどうする。」

「では僕はこちらのチョコレートのを頂いていいでしょうか?」

篠宮さんと七条さんがそんな会話をしているとまた岩井さんが七条さんを見つめていることに気が付いた。
チリッと胸の奥でさっきの不思議な感覚が蘇る。
ああ。これって嫉妬なんだ。きっと俺他の人が七条さんを見るのが嫌なんだ。
どことなく他人事のようにぼんやり考える。

「はい。どうぞ。伊藤君。」

「あっすみません。ありがとうございます。」

目の前に大好きな苺タルトを置かれそれこそ目が釘付けだ。

「・・・っと失礼。」

七条さんの携帯が鳴り出し着信画面をみながら席を立つ。

「伊藤君。少し長くなりそうなので先に食べていてください。・・・・Hello!」

電話の相手に英語で話しながら七条さんは部屋を出て行った。

「七条がハーフだと言うことは知っていたが流石に綺麗な発音だな。」

その背中を見送っていた篠宮さんがふと呟く。

「そうですよね。俺、七条さんに英語教えて貰うと聞きほれちゃいますから。」

何気なく言うと篠宮さんと岩井さんがくすっと笑う。

「え?なんか変な事いいましたか?俺。」

ちょっと頬が朱くなる。何言っただろう俺。

「それより七条は雰囲気が変わったな。」

ふいに岩井さんが呟く。

「そうだな。随分と柔らかい感じになったな。これも伊藤のおかげか。」

「ええ?俺、何にもしてませんよ。」

でもそれが本当だとしたら凄く嬉しい。

「いや・・・啓太と一緒にいるときの七条は本当に楽しそうだ・・・
去年までの七条には・・あんな優しい笑顔は無かった。
・・啓太と出会う前の七条は決してスケッチしたいとは思わなかったから
・・・今は描いてみたいと思う。」

岩井さんに言われて思わず目頭が熱くなった。さっきの視線はそういう事だったんだ。
この先輩たちはこんなにも静かにそして鋭く俺たちのことを見守っていてくれたんだ。
今更ながらに2人の懐の深さに心打たれた。

「申し訳ありません。席をはずしてしまって。」

その時電話を終えた七条さんが戻ってきた。そして俺の顔を見ると

「どうしたんですか?伊藤君。そんな顔をして。」

きっと俺は泣きそうな顔をしていたんだろう。でも今は教えてあげない。

「ナイショです。」

俺がそう答えると七条さんは少し困ったように微笑んだ。







ケーキを食べ終わって自分たちの部屋に帰る前に七条さんは篠宮さんに
「それではおやすみなさい。
ああ、篠宮さん。ケーキの箱は早めに片付けた方がよろしいかと・・・
かの方は明日お戻りなんですよね?僕からなんて知れたら大変ですからね?」

って言ってたけど何の事だろう。
七条さんは楽しそうに笑ってたけど篠宮さんは絶句してる風だったんだけど・・・
聞いてみたけどやっぱりナイショですって言われたし・・・

「そういえば七条さん。さっきの電話英語で話してましたよね。」

「はい。母でした。調べ物を頼まれていたので。母も外国暮らしが長いので英語の方が楽なんです。」

うわっやっぱり凄いな〜親子の会話が英語か・・・なんだか不思議。
そんな事を考えながらふと七条さんの顔を見上げると。
ん?背中に見える黒い物体は?

「ふふっ伊藤君。僕の英語で感じちゃいましたか?」

「ええっ?ち・・違いますよ。もうっそんな事ばっかり言わないで下さい。」

ああ。やっぱり尻尾まで・・・

「それは残念。じゃあ今から僕の部屋で感じちゃってください。」

もうっと頬を膨らまして睨み付ける。そんな俺にはお構いなしで楽しそうな目の前の恋人。



「今日は伊藤君の御家族にお会いできて本当に嬉しかったです。
今度は僕の母にも会って頂けますか?」


まるでプロポーズのような七条さんの言葉に俺はうっとりと頷きながら目を閉じた。
後で今日の岩井さんの言ってくれた言葉を教えてあげようと思いながら・・・









 FIN

中×篠前提です。
岩井さん初登場ですね。シンマは岩井さん大好きです。
オーラとか見えてそうな気がしませんか?
何が書きたかったのか良く解りませんが篠宮さんのお誕生日に何かしたかったのです。
ってもう1ヶ月も過ぎてるじゃん。(殴