暑苦しいクマゼミの声がどこか近くで聞こえる。

もちろんここは快適にエアコンがかかってるんだけど、
声を聞くだけで嫌でも暑くなる。

そんな事を考えながらぼんやりしていた俺の頭の上に何かを置かれた。

「啓太。例の物だ。なかなか良い仕上がりだぞ。」

急に言われ何の事だかわからない俺は、とりあえず頭の上からその箱を降ろす。

その小さな箱を見た瞬間にある物が頭に浮かぶ。

「あっありがとうございます。西園寺さん。見てもいいですか?」

「もちろん。お前の物だ。気に入る出来だと良いが。」

そう言いながら西園寺さんは七条さんが入れていったアップルティーを飲み干した。
七条さんはさっき図書室へ資料を探しに出て行った所だ。


もうすぐ8月の終わりが近い。俺にとってはとても嬉しい夏休みだった。
何故ならこの学園は寮が夏休みでも閉まらないから。
お盆にはさすがに実家に帰ったけど、その他はずっと寮ですごした。
大好きな七条さんとほぼずっと一緒に過ごせたことは,
俺にとっても有意義な事だった。

今まで見た事の無い七条さんの色々な面が見れたと思う。

結局 実家にいると父親の仕事の手伝いをさせられる。
と 西園寺さんも帰ってきていつもと変わらない会計室の風景。

今西園寺さんが渡してくれた箱の中には
もうすぐ迎える七条さんのBirthday Presentが入っている。


それは会計室のパソコンでネット検索をしていた時に見つけた物だった。
七条さんへのプレゼントって何がいいんだかさっぱりわからなくてずーっと考えてい
たんだ。
そうしたらつい最近になって気が付いた。
七条さんのケータイ。電話会社から付いてくる何の飾りもないストラップ。
確かに機能重視の七条さんらしいけど”これだ”っと思った。

それで七条さんがいない時に調べていたら似合いそうなのを見付けた。
黒の革のシンプルなストラップ。
先には双頭のドラゴンが紫と青のガラス玉を咥えている。
なんとなくいいかな?って思ったんだ。

革のところに名前のアルファベットを入れる事も出来る。
そのかわりその作業は自分でしなくちゃいけないんだけどそう難しそうでもないし、
なんとなく手作りっぽい感じも気に入った。
で、その時そばにいた西園寺さんに相談したら

「そうだな。私の好みではないが臣は好きそうだ。」

というお墨付き?をもらったので注文した。

しかも西園寺さんが受け取り人になってくれた。
西園寺さんいわく

「もし2人でいる時に手元に着いたらお前は臣に隠し通せるのか?」

いや ごもっともです。というわけでそんなお願いまでしてしまった。


ところが届いた物を開けたら、西園寺さんに

「ドラゴンが咥えている石の色が気に入らない。」

と言われてしまった。

俺としてはこの紫と青の配色はなんとなくいいかな?と思っていたんだけど…
西園寺さんに言われると何だか不安になってきて

「どうしましょう?返品した方がいいですか?」

と聞く俺に西園寺さんは

「いや。私に預けてくれないか?その玉だけ交換すればいいだろう。」

と言うのでまたしてもお願いしてしまった。
そしてそれが今手元に帰ってきたのだ。
いったいどんな色になっているんだろう。

ドキドキしながらビロードの箱を開ける。
するとそこには前よりも少し明るめの紫とキレイな空色の石が嵌っていた。
「アメジストとアクアマリンだ。
臣とお前の瞳の色に合わせた。どうだ?良い出来だろう。」

少し誇らしげな西園寺さん。
その言葉を聞いて涙が出そうになった。
それって俺と七条さんの事を認めてくれている事だと思ったら嬉しくて
つい頬がゆるんでしまった。

もちろん西園寺さんは今までだって俺達のことを否定したりはしなかったけれど、
ちゃんと態度で表してくれたのは初めてだった。
心の中でジーン。と感動していたら

「何だ啓太。気に入らないのか?もう一度作り直すか?」

と聞かれ思い切りぶんぶんっと頭を振った。

「いいえっ。すごく素敵です。あんまり嬉しくてボーッとしちゃいました。
ありがとうございます。西園寺さん。」

そこまで言ってふと気付く。
確かアメジストとアクアマリンって言ったよな。
それってガラス玉を宝石に変えたって事?いったいいくらするんだろう。

「あの…西園寺さん。これっていったいいくらぐらいですか?」

おそるおそる切り出す。だって今月けっこうピンチなんだ。

「別にいくらでも構わない。私が勝手にやった事だ。啓太が気にする事はない。」

いやっ気にします…。だってこれは七条さんへのプレゼントなんだ。
しかも絶対その物本体よりも宝石の方がお金がかかっているはず。
俺が慌ててそう言うと

「では啓太と私から。という事にしてくれないか?
今まで私は臣にBirthday Present などという物を贈ったことがないからな。
良い機会だ。」
へーそうなんだ。さすが西園寺さん。という答えが返ってきた。

「じゃぁ お言葉に甘えてそうしていいですか?
七条さんにはそう伝えておきますね。」

「あぁ。そうしてくれ。」

七条さんもきっと喜んでくれるはず。
早く誕生日にならないかな?




9月の頭の土日。俺と七条さんは温泉旅行に行った。
とても幸せで楽しい2日間だった。
でもやっぱ誕生日の当日はお祝いをしたい。

さっきようやくストラップの革の部分にOMI.Sというプレートを嵌めて、
日付が変わる5分前にケーキとプレゼントを持って
七条さんの部屋のドアをノックする。

すると中から

「伊藤君ですか?すぐ開けますね。」

と大好きな人のやわらかい声。
ドキドキしながら待つ事しばし。

「いらっしゃい伊藤君。こんな時間にどうされました?おやっ?」

七条さんの視線が俺の手元のケーキの箱で止まる。

「あぁ。僕の誕生日をお祝いしてくれるんですか?どうぞ入って下さい。」

促され入室しテーブルの上に箱を置いた所で俺のケータイのアラームがピピッと鳴っ
た。
「お誕生日おめでとうございます。七条さん。俺。七条さんが生まれたこの日がすご
く大事です。七条さんと会えてとても幸せです。」

誰より一番にこの日に告げたかった俺の想い。伝わってくれると嬉しい。

「伊藤君…嬉しいです。僕も生まれてきてよかった。本当に心からそう思います。」

そして強く抱きしめられる。七条さんの腕の中はとても安心する。
その時胸のポケットに入れていた箱の感触に、もう1つ言わなければならない事が
あったのを思い出した。

「あの。これ西園寺さんと俺からプレゼントです。」

小さな箱を取り出して渡す。気に入ってくれるかな?

「郁から?めずらしい事もあるものですね。開けていいですか?」

こくん。とうなずくと七条さんはまるで宝箱を開けるかの様にゆっくり箱を開く。
そして中を見たとたん そのプレゼントと同じ色の瞳が驚いた様に見開かれる。

「これは伊藤君が選んで下さったんですか?」

「はい。デザインが気に入って。あまり好きじゃなかったですか?」

ちょっと心配になった。センスなかったかな?

「いいえ。とても気に入りました。こんな素敵なプレゼントを頂けるとは
思ってもいませんでした。
これはカワライのデザインですよ。」

「え?あのふうんの指輪の?でもあの方のってすごく高いんですよね。」

だって俺のお小遣いで買える物だったんだ。そんな高い物のはずは…

「ええ。もちろん本物ではありませんがカワライのデザインを使った量産品だと思い
ます。しかし石は本物ですね。」

さすが七条さん。パッと見てそこまでわかるなんて…
そして俺は西園寺さんが石を変えてくれた事を話した。
七条さんはとても嬉しそうに笑ってくれて

「郁は良いプレゼントをくれましたね。いつも伊藤君が傍にいてくれる様で嬉しいです。
しかもアクアマリンはとても伊藤君に似合う石なんですよ。」

なんて言ってくれた。あまりに嬉しそうな顔をしてくれるから俺まで嬉しくなる。

「俺に似合うってどういう事ですか?」

「アクアマリンは形式ばらずに陽気な性格を授けてくれる
コミュニケーションの石なんです。
パワーストーンとしては恋人達を幸せに導く石として知られていますね。」

へーそんな謂われがあるんだ。西園寺さんは知っていたのかな。

「じゃあアメジストはどんな石なんですか?」

「ふふっアメジストはギリシャ神話に出てくる少女の名です。
酒の神バッカスに追われ気の毒に思ったアルテミスが少女を水晶に変えるんです。
そして平静を取り戻したバッカスは、水晶にワインをかけるとその水晶が紫に染まった。
という言い伝えです。ですので”平静”や”心の平和”などに使われます。」

本当に七条さんってすごい。こんなにスラスラ色々なことが出てくる。

「もう1つ付け加えると アメジストというのはギリシャ語で”酔わない”
という意味を持つんです。
ですから アメジストを身に付けていると酒に酔わないとも言われています。
まぁ僕は伊藤君に酔いっぱなしですから。あまり効果はないかも知れませんが…。」

「な…何て事言うんですか?恥ずかしいじゃないですか…もう。」

あぁもう耳まで真っ赤になったのがわかる。
嬉しいけれど恥ずかしいものは恥ずかしい。

「おや?本当のことなのに。」

そう言いながらも七条さんは器用に前に付いていたストラップを外し、
俺からのプレゼントを付けてくれた。

「このネームは伊藤君が付けて下さったんですか?」

ちゃんと細かい所まで気付いてくれるんだ。

「はい。単に嵌めるだけでしたけど、ちょっと手作りな感じがして。」

革のベルトにプレートを通す。そんな簡単な作業さえ楽しくて仕方がなかったんだ。

「ありがとうございます。一生大事にしますね。本当に嬉しいです。
あとで郁にもお礼を言っておきます。」

ここまで喜んでもらえると思ってなかったから本当に俺まで幸せになる。

あぁ昔母さんが”幸せは2人で分けると2倍になる”って言ってたのが
今ようやく分る気がした。

「大好きです。七条さん。」

いつでも何度でも真っ直ぐに目を見て伝えたい。ずっと。

「僕なんか伊藤君の事を愛しちゃってますから。」

すごいでしょ?とアメジストの瞳の恋人は優雅にウィンクをする。
やっぱり酔っちゃってるのは俺のほうだ。ずっと一生この瞳に酔っていたい。

「俺も。愛してます。七条さん。」





 FIN

臣さん誕生日おめでとう!
私も啓太と2人でプレゼントを悩みました。
オカルトグッズというわけにもいかないので。
まあ私からは啓太をプレゼントということで・・・