「なあ和希、お前真面目に選んでくれてないだろ。」

俺は隣で居心地悪そうに頬をかく和希を横目で睨む。

「そんなことはないけどそろそろ決めてくれよ。
いつまでもここにいるのは拷問だよ。」

「やっぱりちゃんと選んでなかったんだ。
さっきのとこれのどっちが美味しい?」

俺がそう言うと和希は恨めしそうに俺を見た。
わかってる。和希の言いたい事は良くわかっているけど
今の俺はそんなこと言っていられないんだ。

そう、俺と和希は今デパートのバレンタインコーナーで商品選びの真っ最中だ。
女の子ばかりの売り場に割って入って行くのは俺だってかなりの覚悟が必要だ。
しかも付き合わされている和希はもっと嫌だろうけど、
せっかく普段は手に入らない世界中のチョコを買えるチャンスを逃すのは困る。
もちろん俺もチョコは大好きだけど自分の為だけならこんな恥ずかしい事はしない。

そう、恋人にプレゼントしたいからだ。
俺の恋人は甘いものが大好きだ。
それ故に甘いものにとても詳しい。
いつも美味しいものをご馳走になっている俺としては
バレンタインくらい俺の方からプレゼントしたいと思っているんだ。
和希は意外とと言うと失礼かもしれないけどかなり舌がいい。
自分でお坊っちゃん育ちだと言うだけはある。
だから俺は和希に選んでもらおうと一緒に着いてきてもらったんだ。

「大丈夫だって、七条さんは啓太からのプレゼントなら何でも喜んでくれるよ。

それも良くわかっている。
優しいあの人は俺からのプレゼントをとても大切にしてくれている。
だからこそ一番嬉しいと思って貰える物を選びたいんだ。

「やっぱりさっきの方がいいかな?どう思う。和希。」

そう問いかけると和希は大きなため息をつく。

「珍しい方がいいのならさっきのパイヤールにすればいいだろ。
でも啓太も一緒に食べる気ならこっちのヘフティの方がいいと思うな。
お前がいいと思う方にしろよ。」

なんやかんや言っても結局和希は優しいヤツだ。
俺に付き合ってちゃんとアドバイスをくれる。

「う〜んそうだなぁ…俺も一緒には食べると思うけど…。
こっちのってアメリカだよね。
七条さんアメリカ育ちだからこっちのにしようかな。」

「そういえばそうだな。確かNYに店があった気がする。」

和希ってかなり不思議だ。
甘いものがめちゃくちゃ好きな訳でもないのに
なんでそんなこと知っているんだろう。

「それに確かこの人フランス人じゃあなかったかな…」

「へ〜そうなんだ。じゃあこっちにしようっと。和希、サンキューな。」

俺の言葉に和希はいつものように俺の頭をポンと叩くと

「じゃあ俺はここから緊急避難してるからな。」

と言ってさっさと売り場から脱出してしまった。
やっぱり相当恥ずかしかったんだな。
一人取り残された俺も慌てて買うと和希の待つエレベーターに向かった。







「ようし、頑張るぞ!」

目覚ましを止めて気合いを入れて起き上がる。
今日は2月14日。
俺はいつもより早起きをして朝の用意を急ぐ。
やらなきゃいけない事が沢山あるんだ。
頭の中で何度も繰り返した段取りをもう一度確認する。
よし、まずは会計室に行って西園寺さんのお誕生日の準備だ!

昨日のうちに七条さんに借りておいた会計室の鍵でそっと室内に入る。
まだ誰もいない部屋はいつもの暖かさが感じられない。
そっかぁ・・・いつものあの居心地の良さはこの部屋のせいじゃなくて
あの2人の作り出す雰囲気のおかげだったんだ。
そんなことを思いながら俺は手早く準備を始める。

今日は西園寺さんのお誕生日だ。

七条さんに聞いたら西園寺さんは今日は授業がなく1日会計室に籠るらしい。
でも俺は1日中授業があってお手伝いが出来ない。
だからせめてと思って朝からプレゼントを置きに来たのだ。
いつもの西園寺さんのデスクにバースデーカードを置いて
ソファー席にはプレゼントのティーカップと紅茶の缶を置く。
お茶は七条さんが来てから淹れてくれると言ってくれたから任せる事になっている。

一通りの準備を終えた俺はそっと会計室を出る。
これで西園寺が少しでも暖かくなってくれると嬉しい。
いつも俺を優しく厳しく導いてくれる西園寺さん。
こんな事で恩返しが出来るとは思わないけど、せめて感謝の気持ちを伝えたい。


それから俺は慌ててテニスコートに向かった。
しまった…成瀬さんとの約束の時間に5分遅刻だ!

「ハニー。おはよう、今日も可愛いね。」

俺が辿り着くより早く成瀬さんがコートの向こうから叫んでくる。

「おはようございます、成瀬さん。遅くなってしまってすみません。」

「ぜ〜んぜん。啓太に会えるんだったら何時間でも僕は待つよ。」

ウインク付きで返されて思わず顔が赤らむ。
成瀬さんにしても七条さんにしても
どうしてこう外人的な振る舞いが厭味にならないのだろう。

「すみません、成瀬さん。朝練の最中に…
あの…お願いした物って…」

「ああ、ここにあるよ。ちょっとそこで待ってて、今そっちに行くから。」

成瀬さんはわざわざコートの外まで出てきてくれる。

「ありがとうございます。すみません。お忙しいのに。」

「もう、啓太は気を使い過ぎだよ。
僕は朝からハニーに会えてとっても嬉しいんだから…。
はい、これでいいかな?
なるべく啓太でも出来そうに簡単に書いたつもりだけど。」

そう言いながらクリアファイルにはさんだレポート用紙を差し出してくれる。
見てみると図解までしてあるみたいだ。

「うわぁ、ありがとうございます。
俺頑張ってみますね。」

「ねぇハニー。今度僕にも作ってくれる?」

強請るように請われて俺が断われる訳がない。

「はい。上手に出来たら今度成瀬さんにも作りますから…
あの…でもあんまり期待しないで下さいね。
俺上手に出来る自信ないですから…」

「何言ってるんだいハニー。手作りは愛情だよ。
ハニーの愛情が込もってるのならどんなものでも美味しいに決まってるよ。
あ〜あ、七条が羨ましいよ。
啓太からの手作りのフォンダンショコラなんて…」

俺はあはは…と笑ってごまかす。
そうなんだ。
成瀬さんにフォンダンショコラの簡単な作り方を教えてもらったんだ。
もちろん1度教わったくらいじゃあ覚えきれなかったから作り方を書いてもらった。

これを今日の放課後七条さんが帰ってくる前に作り終えないといけない。

「あっ、本当にありがとうございました。
朝練の最中にすみませんでした。
俺そろそろ行きますね。」

「えっ?もう行っちゃうのかい。
せっかくのハニーとのデートなのに…」

デートってもう…
成瀬さんは少し拗ねたみたいに口唇を突き出すと肩をすくめる。
その仕草がまた決まっていてついつい目が行ってしまう。

「なんてね。啓太を困らせる気なんてないよ。
また遊びにおいでよ。なんなら入部してくれても構わないよ。」

バチンと音がしそうな程見事なウインクを決められて
俺はまたあはは…と笑ってテニスコートを後にした。




2限目が終わった休み時間に西園寺さんからメールがあった。
文面はとてもシンプル。
『プレゼントを受け取った。ありがとう。昼休みに会計室に来い。』
その文面を見返しながら俺は会計室に急ぐ。
普通だったら来いなんて命令されたら腹が立つんだけど、
西園寺さんに言われると全く嫌な気がしないのは何故だろう。
丁度西園寺さんにお願いしたい事もあったし今日はまだ2人に会えていない。
お昼ご飯をどうしようかと思ったけどとりあえず早く2人に会いたくて
終業と同時に会計室に向かう。

ノックをして中に入ると今朝の空気とはまるで違う暖かな部屋。
暖房で暖かいというのではなく空気が暖かい。
やっぱりこの2人が居てくれてこその会計室だなぁ。
俺はホッとため息をつく。

「どうしました?伊藤君。そんな顔をして。」

そんな顔ってどんな顔だろう。
ぼんやり考えていると今度は西園寺さんに声をかけられた。

「啓太。プレゼントとカードをありがとう。お前の気持ちがとても嬉しかった。
誕生日を祝われるのはうっとうしい事だと思っていたがそうでもないと気付いた。」

西園寺さんの言っている事が理解出来なくて思わず顔を見返す。

「郁は実家にいた頃誕生日というと
お父上の企画した誕生日パーティーに引っ張り出されていましたからね。」

相変わらず俺の考えなんてお見通しの七条さんが教えてくれる。
そう言えば西園寺さんのご実家って名家なんだよね。
あんまり詳しく教えてくれないから良く知らないんだけど…

「あっ、お誕生日おめでとうございます。
言うのが遅くなってしまってすみません。」

俺は肝心な事を忘れていたのに気付いて慌てて言う。

「ありがとう。啓太。お前からのカードも嬉しかったが直接言われるのは良いな。
お前の声は好きだ。」

そう言われると照れくさいけど嬉しい。

「伊藤君。とりあえず座って下さい。昼食はまだですよね。」

七条さんに促されいつもの席に着く。

「はい。食べてからにしようと思ったんですけどなんだか早くお2人に会いたくって…
食べずに来ちゃいました。」

へへっと頭を掻きながら言うとちょっと七条さんがびっくりしたように言う。

「郁。伊藤君にお昼を食べずに来て下さいと伝言をお願いした筈ですが…」

「啓太はちゃんと食べずに来た。何の問題もないだろう。」

何の事だろう。
でもとりあえず食べずに来て正解だったみたいだ。

「全く…郁には困ったものですね。」

いつものやりとりが始まってまた俺だけ理解できていない。

「ああ…。すみません、伊藤君。
今日は昼食を3人で取ろうと思って準備をしてあるのですよ。
その伝言を郁にお願いしてあったのですが…」

「あっそうだったんですね。俺知らなくて、すみません。
でも食べて来なくて丁度良かったです。」

俺がそう言うと七条さんはとても嬉しそうに笑った。

「では伊藤君。
購買で買ったサンドイッチで申し訳ないのですがご一緒にいかがですか?」

「ありがとうございます。いただきます。」

そう言うと七条さんはきちんとお皿に盛り付けたサンドイッチを出してくれる。
その中に俺の大好物の苺のフルーツサンドを見つけて
思わず感嘆の声をあげてしまった。

「うわぁ、フルーツサンドがある。
これ人気でいつ行っても売り切れなんですよ。
よく買えましたね。」

「ふふっ、今日僕は1単位しか授業がありませんでしたからね。
パン屋さんが到着した時点で買いに行きましたよ。
なんせ伊藤君の大好物は外せないかと。」

とっておきの秘密を打ち明けるかのように七条さんが俺の耳元に囁く。
うわぁ…びっくりするじゃないか。
俺が耳が弱いって知っててわざとやるんだから…

「わざわざ俺の為に買いに行ってくれたんですか?」

「はい。郁が伊藤君の好きな物を買って来いと言うものですから。」

えっ?西園寺さんが?

「今日は啓太からの気持ちが嬉しかったからな。お礼だ。」

そんな事を言われたら俺の方が嬉しくなってしまう。

「西園寺さん…ありがとうございます。じゃあ遠慮なくいただきます。」

「じゃあ僕は紅茶をいれてきましょう。」

そう言って七条さんは席を立つ。

俺はこの機会を逃すまいと慌てて、
でも小声で西園寺さんに話しかける。

「西園寺さん。あの…俺、お願いがあるんですけど。」

俺が声を潜めたので西園寺さんも察してくれたのだろう。
少し身を乗り出して聞いてくれる。

「なんだ。臣の事か?
今日の私は機嫌が良い。
啓太の願いならば何でも聞いてやろう。」

「あの…今日の夕方6時頃まで
七条さんが寮に帰って来ないようにして頂けませんか?」

俺の言葉に聡い西園寺さんはすぐに理解してくれたらしい。

「ふっ…良いだろう。他ならぬ啓太の頼みだからな。
6時まで臣を拘束しておけばいいのだな。」

「はい、すみません。よろしくお願いします。」

俺が頭を下げると西園寺さんはとても綺麗に笑う。
やっぱりこの人ってすごく綺麗だ。
なのにものすごく漢らしい。
やっぱり憧れちゃうな。


物凄く中途半端なところで終わってますが、
とりあえずなんとか当日UPを目指してみました。
早く続きが出来る事を祈ってて下さい。(なんだそれ!)